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認知バイアスという心のクセが、たくさんの誤診を生み出している


無意識に働く思考のクセ、それが認知バイアス

 人は日常における判断や行動のほとんどは無意識レベルで直感的に行なわれています。例えば、「やっぱり私は雨女だ」、「行列ができているからあのお店はおいしいに違いない」、「そんなことしたら絶対失敗すると思った」などはすべて、無意識レベルで働く認知バイアスに基づく発言です。じっくり考えると、これらの発言は正しいとは限らないのですが、認知バイアスの働きにより、これらの判断が正しいかのように思ってしまうのです。ただし、ほとんどの場合、自分がそのような認知バイアスに基づいて判断していることなど、全く気づくことはありません。だからこそ、知らず知らずのうちに誤った判断をしてしまうのです。
 もちろん医療の現場にいる医者や患者も認知バイアスを持っており、それによりものごとを判断していることがしばしばです。患者であれば、「医者がすすめる病院」といった類いの本の情報で上位にランクされている病院に行って診てもらおうと思ったり、ナースであれば、おかしいと思っても医者の言ったことであれば信じて従う傾向にあります。しかし実際は、本の情報や医者の言ったことが必ずしも正しいとは限らないのですが、権威のある人の言うことは正しいという認知バイアスが働くため、これらを無批判に受け入れてしまうのです。

 このように私たちには、知らず知らずのうちに機能する認知バイアスを持っており、それがときに間違った判断や不適切な行動につながってしまうことを知っておく必要があります。認知バイアスを完全に排除することはできませんが、そのような事実があることを先ずは知り、その上で重要な判断をする場合には一度立ち止まって、本当にそれが正しい判断なのかを振り返ってみることは大切です。もちろん、医者も人間ですから当然、認知バイアスによる判断をごく普通にしており、それがときに誤診を招くこともあります。

確証バイアス

 人は、一度自分が正しいと思ってしまうと、それを裏付ける情報には目を向けますが、それに反する情報は、見なかったかのようにスルーするクセがあります。これが「確証バイアス」という認知バイアスです。つまり正しいと思ったものが正しいと思い込んでしまう思考のクセです。

 例えば道端で人が倒れている人が救急搬送されてきた際、明らかにアルコール臭があるような場合はよくあります。この場合、医者は泥酔して道端で寝込んでしまったと判断することがしばしばです。「酒臭い人が道端で倒れている(寝ている)=泥酔」という思いが私たちの中にはあるからです。ましてや、以前にも泥酔して道端で倒れていたところを救急車で運び込まれてきたという過去があれば、その思いは確信にもなります。ところが実際にはくも膜下出血のため倒れていたということもあり、後に問題になることもよくあります。

12歳の子供の便秘

 このような例は枚挙に暇がありません。私がまだ研修医の頃ですが、こんなことがありました。12歳の男の子が何度も便秘で外来を受診したのですが、そのときの担当医は毎回、簡単な診察をして下剤を処方して帰していました。そんな状況が半年近く続いていたため、母親はなぜ最近になってこんなに便秘が続くのか医者に何度もたずねていました。そのときに診てくれた医者は、野菜嫌いや運動不足、ストレスがたまっているからだと言い、どの医者もごく普通の便秘だと判断していたのです。その後この子は、末期の直腸がん(肛門とつながっている腸にできるがん)であることがわかりましが、すでに手術ができる状態ではなく、その半年後には亡くなってしまいました。
 12歳の子供の便秘は99%が一般的な便秘であり、直腸がんであることなど極めて稀です。だからこそ医者は通常の便秘だと信じて疑わず、その判断を裏付ける証拠となる野菜嫌いや運動不足といったことばかりに目を向けていました。逆に、自分の判断に反する、急に便秘になったとか、それか半年も続いているといった、通常の便秘ではないと判断できる事実があってもそれはスルーされてしまうのです。一度普通の便秘だと思ってしまうと、なかなかそこから抜け出せず、その結果、誤診につながってしまうのです。これがまさに「確証バイアス」のこわいところであり、医者のみならず誰にでもある思考のクセなのです。

自信過剰バイアス

 医者は一般的な病気であれば診断に自信を持っている人が多いのですが、ある研究では、医者は肺炎の診断に88%の確信をもっていましたが実際には20%であったとか、集中治療室で亡くなった患者の生存中に医師が下した診断と解剖結果を比較したところ、医師が絶対確実と自信を持っていた生前診断の約40%は誤診だったという報告もありますこれらは自分にはそれなりの自信があるという自信過剰バイアスによるものです。

心療内科を受診している患者の腹痛

 また、心療内科の受診歴のある患者は、しばしばがんなどの病気が見落とされます。例えば、しばしば腹痛で救急外来を訪れる患者などが、いろいろと検査をしても問題がない場合、不安やストレスによる腹痛だろうと思われ心療内科に紹介されます。そこまではよいのですが、何年か経ってまた腹痛を訴え救急外来を受診したような場合、カルテを見れば心療内科を受診している患者だとわかります。すると今回の腹痛も心理的な要因によるものだと思ってしまい、簡単な安定剤や痛み止めだけで帰されてしまうのです。ところが中には、その腹痛の原因が実は胃がんだったということもあるのです。実際私も、末期の胃がん患者の腹痛をストレスによるものだと思い、後日問題になったことがあります。このように先行情報に引っ張られてしまい自分の判断が影響される認知バイアスがが「プライミング効果」です。

 このように私たちは認知バイアスによってもものごとを判断し、その結果間違った判断にたどり着くということがごく普通にあります。もちろんこれは医療現場でも例外ではありません。そのことを十分に認識することで、医者は適切な診断や治療をすることができますし、患者も医者の言うことを鵜呑みにせず、正しい判断を下すことができるようになるのです。
             イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru

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