3,「病は気から」は間違っている!?
「病は気から」の誤解
前回は心の治癒力について書きましたが、心の治癒力の話をすると決まって「病は気から」とか「気の持ちよう」という言葉の意味するところと同じだと誤解されることが多く、なかなか本当の意味が伝わらないのが残念です。
これらの言葉はポジティブシンキングに通ずるものがあり、前向きな気持ちを持てば病気もよくなるというように理解されています。この考え方で最も気になるのは、前向きな気持ちを持とうと思えば持てるはずだという前提のもとに成り立っている言葉だということです。ところがほとんどの人は、意識的に自分の思いを変えることなどできません。ましてや病気への不安や心配を持っている人が、それらを打ち消し前向きな気持ちになるなど、そう簡単にできることではないのです。にもかかわらず、その人に対して、「前向きな気持ちを持つことが大切」などと言うのは、できないことをしろと言っているのと同じようなものです。
大切なのは、思いを変えようとするのではなく「無意識」レベルの思いが変わることであり、そのためには何かしらの「きっかけ」が必要になるということです。
「心の治癒力」は無意識の力
心の治癒力は一般的にいう思いや気持ち、信念といった意識的な心のことではなく、無意識レベルに存在している、自ずと湧き上がってくる思いや感情の原動力となる力のことです。例えば、桜が満開に咲いているのを見て、多くの人がきれいだなと思うと思いますが、これはきれいだと思おうと意図したからその感情がわき上がってきたわけではありません。たまたま桜の花を見たことが「きっかけ」となり、心の治癒力のスイッチが入り、そのような思いや感情がわき上がってきたのです。このときに湧き上がってくる、きれいだなとかホッとするといったポジティブな感覚が、実は病気や症状の改善にとっても重要な役割を果たすのです。なぜならば、ポジティブな感覚や思いは、体の自律神経系や免疫系、ホルモン系、さらには遺伝子にも影響を及ぼし、バランスが崩れた状態を整え、体調を改善する方向にうまく調整する力になるからです。これが心の治癒力と自然治癒力の相互作用であり、その結果として症状や病気が改善するのです。
心の治癒力を引き出す「きっかけ」となるもの
医者の雰囲気や態度
前回、医療現場においては薬や点滴が心の治癒力を引き出す「きっかけ」となるという話をしました。これも安心感や期待感を持とうと思って持てるものではなく、点滴や内服という「行為」により心の治癒力にスイッチが入った結果、安心感や期待感が自ずと湧き上がってくるのであり、これらはすべて無意識レベルでの変化です。
もちろん、心の治癒力を引き出すきっかけとなるものは薬や点滴だけではなく、ほかにもたくさんあります。その代表的なものが医者の雰囲気や態度です。医者の態度により安心感や信頼感を持つ人もいれば、緊張感や不安感を持つ人もいます。これらも自ずと湧き上がってくる感覚であり、医者の態度も心の治癒力に影響を与える「きっかけ」になります。
医者の説明
また医者の説明やちょっとした一言も心の治癒力のスイッチを押します。「検査結果は問題ありませんでした」と言われたらホッとしますし、「検査の結果がんでした」と言われたらショックを受け、頭が真っ白になる患者さんも少なくありません。医者の説明は頭で理解するものであると同時に、その言葉が「きっかけ」となり様々な思いを自ずと抱くことになります。よい結果であれば、心配は一気になくなりすっきりした気分になります。一方、がんを告知された場合は、今後のことや自分の死など、いろいろな思いがわき上がり落ち込むことになります。これらは、たいていの人が「がん=死」という思い込みを無意識レベルで持っており、それにとらわれた結果として絶望感のような感覚が生まれるのです。意識では「仕方ない、前を向いて進もう」と思おうとしても、実際にはなかなかそう思えないのは無意識レベルにある「がん=死」という思い込みの影響を受けているからです。このようによい意味でも悪い意味でも、医者の態度や言動から知らず知らずのうちに、患者さんの心の治癒力は影響を受けているのです。
環境や状況
他にも環境や状況も大きな「きっかけ」になります。家で腹痛が起こり心配になり病院に行くと、診察を受ける前なのに少しましになった気がすることがあります。これは病院という環境が心の治癒力を刺激し安心感が生まれたということです。もう少し一般的なことで言えば、緑の中を歩いているのと都会を歩いているのとでは、明らかに心の安堵感が異なります。当然、緑の多い環境の方が癒やされ感が生まれやすいことは皆さんの体験からもわかると思います。
身体感覚や五感
さらに身体感覚や五感も心の治癒力を引き出す「きっかけ」になります。「なんか今日は体調がわるいなあ」と感じるのは、身体感覚からのメッセージであり、それが元気をなくす要因にもなりますが、これらはすべて無意識レベルで起こることなのです。
五感、つまり視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚からも当然、心の治癒力は影響を受けます。美しい絵画や音楽、チョコレートのおいしさ、花の香り、赤ちゃんの肌のスベスベ感などは、多くの人の心の治癒力にスイッチが入り、心地よさや癒やされ感をもたらしてくれるのではないでしょうか。
このように、人は意識的に思いを変えようと思って変えられるものではなく、何かの「きっかけ」により無意識レベルでスイッチが入り、その結果として思いが変わるのです。心の治癒力とはそのような無意識レベルの存在なのです。
イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru)