期待感はあまり大きくない方がいい!?
心の治癒力は様々な要因に左右されることについてお話ししてきましたが、今回は「ラベル」は心の治癒力を左右するのか、期待感は大きい方がいいのか、動物や赤ちゃんにもプラシーボが効くのかという点についてお話ししたいと思います。
ラベルだけでも心の治癒力を左右する
心の治癒力のスイッチを押すものは、何も医者がくれた薬だけではありません。例えば「鎮痛剤」というラベルが貼ってある薬瓶があったとしましょう。その中に入っている錠剤が本当の鎮痛剤であれば、それを飲むと当然痛みは楽になります。
では、ラベルと中身が異なる場合はどうなるのでしょうか。つまり「鎮痛剤」というラベルを貼ってある薬瓶の中身がプラシーボ(薬効のない乳糖など)であった場合や、「プラシーボ」というラベルを貼ってあるにもかかわらず、中身は本物の鎮痛剤であった場合はどうなるかといいうことです。
これは、偏頭痛の発作を起こす患者さんに対する実際の研究があります。結果は、鎮痛効果は「ラベル」の表示に影響を受けるというものでした。つまり、中身が本当の鎮痛剤であった場合、ラベルが「鎮痛剤」の場合と「プラシーボ」の場合とでは、「プラシーボ」と表示されていると痛みの軽減効果が15%低くなり、同様に中身がプラシーボであった場合は、ラベルが「鎮痛剤」と表示されていると痛みの軽減効果が10%高くなるという結果が出ています。
このことからも、ラベルから得る情報が、薬の効果に大きな影響を与えてしまうということがよくわかります。ラベルを見て中身を認識することが「心の治癒力」を左右し、それが症状の軽減にも影響を与えているのです。
期待感は大きすぎない方がよい
プラシーボを飲んでも効くというのは、期待感が関与していると言われていますが、実際にはどうなのでしょうか。これに関しては心身症の改善率についての研究があります。通常は、治療に対する期待度が強ければ強いほど、改善率も高くなると思われがちですが、実際はそうではありませんでした。
上図を見てもわかるように、期待度が軽度の場合は改善率が36.4%であったのに対し、中等度の場合は53.0%、強度の場合は7.7%でした。つまり期待度が強すぎるとかえって改善率が低くなってしまうということです。
これは期待度が強すぎると、どうしても劇的な効果や完全治癒を期待する傾向がありますが、実際には、そのような結果になることは多くはないため、期待度が高い分、失望感も大きいのかもしれません。たとえある程度症状が改善したとしても、自分の期待するレベルではないと感じてしまうため、結果として改善率は低くなってしまうのではと考えられます。ですから、最も「心の治癒力」が発揮されやすくなるのは、期待しすぎず、かつある程度の期待感を持っているという状態であり、「絶対によくなる!」「必ず治る!」といった思いは、逆に無意識レベルでは負担になるため、かえって治療効果を低下させてしまう可能性があるということです。
何事もそうですが、気張りすぎず、肩の力が抜けた適度な前向きさくらいが一番よいということです。
動物や赤ちゃんにもプラシーボが効く理由
通常、プラシーボはそれを飲んだ人が、安心感や期待感を抱くことにより治療効果が出ると考えられています。つまり、その人のプラシーボに対する思いが重要だということです。では、そのようなことが理解できない動物や赤ちゃんにはプラシーボ反応は認められないのでしょうか。実は、多くの研究で動物や赤ちゃんを対象とした研究でも、プラシーボによりよい効果がでることがわかっています。これはどういうことなのでしょうか。実は、動物や赤ちゃん自身にプラシーボ反応が起こるわけではなく、症状の軽減の有無を評価する人にプラシーボ反応が起こった結果なのです。
例えば、ペットの犬が痛みを感じているように見えるとしましょう。その際、獣医は、飼い主に痛み止めですと言って、実際にはプラシーボを処方した場合、どのようなことが起こるのでしょうか。飼い主は痛み止め(実際はプラシーボ)を飲ませたからきっと痛みが楽になると思いたいものです。当然、犬をなでたり声をかけたり、普段以上に心配し、スキンシップを取ることをすることが予想されます。そのような対応をすることで、実際痛みが和らぐ可能性があります。また、飼い主も痛みが楽になると思いたいので、そのような目で犬の症状を見る傾向にあります。そうすると少しでも楽になったような仕草をすれば、それを過大に評価し、だいぶ痛みは楽になったという評価を下してしまうこともしばしばあります。
このように、動物にプラシーボを投与しても効果があると判断された場合、飼い主のかかわり方や、飼い主の評価の仕方が影響を与えている可能性が高いのです。これが「ケアする人のプラシーボ効果」と言われているものです。同様のことは獣医師にも見られます。研究によると、40~45%の獣医師は、動物の痛みの評価を客観的なデータに基づく結果よりもよいと判断していることが示されています。
さらに、子供に対する対応も同じことが言えます。例えばADHD(注意欠如・多動性障害)の子供にプラシーボを処方した場合、親や教師がそれを有効な治療法だと信じていると客観的なデータよりもポジティブに評価する傾向が見られます。また、親の子供に対する態度も変わるため、動物のときに見られたのと同様に、子供の行動にも改善が見られることもあります。
このように、一見プラシーボが効かないと思われる動物や子供でも症状が改善するというプラシーボ反応が見られるのは、ケアする人の対応や評価に変化が起こるからなのです。
イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru)