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綱引きする「避ける心」と「求める心」

ぼくには他者とのあらゆるシチュエーションでの接触を回避しようとする悪いクセがある。面と向かって相手の目を見ながら喋ることが苦手な日本人は大勢いるだろうけど、そうする必要があれば我慢してそうするはずだ。相手の目を見ることに恥ずかしさや気まずさを感じるとしても、目ではない、鼻やあごを見ることで何とか「面と向かっている」ことを演出して会話をすることもできると思う。

そうすることができるのには、そうすることができるだけの余裕が必要だ。ぼくにはその余裕がない。他者と関わることそのすべてに「アレルギー」を持っているかのように、回避してしまうんだ。回避せずにはいられないと言ってもいい。

他者と関わることだけではない。ぼくはありとあらゆるシチュエーションを回避しようとする。信じられないかもしれないが、これはほとんど自分の意思とは無関係に起こる。ちょうど春になると鼻水と涙が止まらなくなるのと同じだ。

心理学や精神医学ではこのような人格を「回避性」と呼ぶ。ぼくの場合この性質が生活に影響を及ぼしているので、回避性パーソナリティ障害と言う。ぼくは医師による診断を受けていないので、回避性パーソナリティ障害であると断定することはできないけど、病的かどうかはさておき、少なからず回避性のパーソナリティを持っていることは間違いないだろう。

ただ、ぼくの胸には、回避とは真逆の、それを求める心も同時に存在している。この矛盾するふたつの気持ちが、ぼくの人格の特性をよりいっそう厄介なものにしているんだ。

他者とはなるべく関わり合いたくない。会って話をするのなんてもってのほかだし、電話をするのも恐ろしい。慣れては来たけど、メールやLINE、TwitterなどのSNSでのやり取りにだって、大きな恐怖が立ちはだかっている。いざ会話をすると「ちゃんと喋れてるじゃない」と言ってもらえるんだけど、ぼくとしてはそれどころではない。

一般的な「回避性」であれば、孤独を好むような性質が見られるようだ。他人といるより一人でいるほうが気楽である。一人のほうが自由で楽しい。そういうパーソナリティは近代的で、いわゆる「最近の若者」に多いように思う。

幼いころから両親が共働きをしており、子どものころから肉体的にも精神的にも両親と距離のある状態で育った人は、青年になり、障害とまでは言わなくとも回避性を見せる可能性が高くなる。

人付き合いは最小限で良い。多くを望まず、リスクを回避しようとする。そういった若者の考え方は、メンタリティというより、パーソナリティの問題なのではないか。それを治すのではなく、それを活かす考え方や、社会が必要なのではないか。

ぼくの「回避性」は同年代の平均よりずっと病的であるように思う。とすればやはり「回避性パーソナリティ障害」と言ってもいいのかもしれない。よくわからないけど。

とにかくぼくはありとあらゆる可能性を――信じてはもらえないだろうけど――回避せざるをえない状況にあり、ありとあらゆる可能性を回避し続けることで、こんなところにまで来てしまった。

ぼくは今年26歳になるにも関わらず一人ではバスや電車に乗れない。コンビニで買い物をしたり、病院に行くこともできない。外出することに慣れてないからちょっと怖い……というほどでは済まないほどの恐怖を感じ、体が勝手に回避しようとしてしまう。

ぼくのなかには「避ける心」と「求める心」が同居している。このふたつの力はだいたいいつもぴったり同じだ。両者一歩も譲らない長丁場の綱引き状態。ときどき「求める心」のほうが強くなり、猛烈な、耐えがたい孤独と、それが永遠に続くかもしれないという途方もない不安に支配されて、体が震える。胸が動悸し、なんだかそわそわと落ち着かなくなる。

しかし、そのように「求める心」が強くなっているときでさえ「避ける心」を圧倒することはできない。人と喋りたい。誰かと会話をしたい。そう思えば思うほど、それを回避しようとしてしまう。まるですべての欲求の先に「迂回してください」という看板が立てられているかのように。

この「避ける心」と「求める心」の綱引きは、自分の意思の外で行われているようだ。ぼくが意識的に介入することのできる問題ではない。そう思っているだけで、本当はできるのかもしれないが、その場合、介入すらも回避しているんだろう。

しかしこのふたつの心の綱引きに、他者の手で無理やり決着をつけるのも恐ろしい。自分がどうにかなってしまうのではないかという不穏な気配を感じるんだ。これについても、無理やりでも決着をつけることを求める心と、それを回避しようとする心が綱を引っ張り合っている。

このままでは心のなかでぼくが分裂してしまいそうなんだ。

誰かに助けて欲しい。

でもきっとぼくはそれを回避するだろう。


著者
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