大学選手権準決勝初心者プチ観戦記〜明治対天理〜
正月、だからといって、嫁という名の一家の主婦は自由気ままに行動できるわけではない。
1月2日 ラグビー大学選手権準決勝
早稲田対帝京は昼から始まっていたが、私は浮世の義理を果たすために外出していた。
体中冷え切って帰宅した時、時計は2時半になろうとしていた。
第二試合 明治対天理
試合開始まであと15分、考えるだけで胃が痛くなりそうな好カード。
NHKは、なんとBSではなく総合テレビで中継、解説は懐かしの中竹竜二さん。
我愛すべきゆるキャラ『きよみい』こと清宮さんが退任、その跡を引き継いで早稲田の監督に就任
というニュースを聞いた時はショックだったなあ。
テレビは試合開始時刻まで、タイムマシンのように過去に遡り、現在に至るまでの大学選手権名シーンを流していた。
平尾さんみたいなカッコいい男、後にも先にも出ないよねえ、、
私は同志社時代の平尾さんの記憶はない。しかし、大学時代から既に、プレーもビジュアルも『大スター』の風格十分だった。
そのあとは明治主将吉田義人さん。この方の印象も鮮烈だった。まだ高校生だった私に、明治大学ラグビー部は全く縁遠い存在だったはずなのに。
あの頃は、年齢性別を問わず、国民は各スポーツ界のスター達を認識していたのだ、おそらく。
映像は吉田さんが主将だった年。
当然吉田さんと共に『彼』も映っていた。
永友くんだ!
SH永友洋司さん、現CanonイーグルスGM。色白で鼻筋の通った横顔はいつ見ても懐かしい。見えない未来にもがいていた若い頃を思い出した。
正直なところ、正月早々、紫紺のジャージ姿の『永友くん』を拝んだら、すっかり番組を見終わった気分になってしまった。
いやいや、まだ始まってもいないぞ。
試合開始時刻 14時45分
入場は天理から。主将松岡くんは、実に主将らしい、というかもはや監督ではないか、という貫禄を見せている。
天理は、あの不幸な寮内クラスターの一件で、一時期練習もままならなかった。無事関西もリーグ戦ができると決まった時は、全国のラグビーファンが胸を撫で下ろした程だ。心ない言葉を投げられた事もあったときく。
彼らは、この大きな試練を通して、人として大きく成長したのだろう。主将だけでなく、選手達は総じてエネルギーに満ち、かつ落ち着いていた。
次いで明治が入場した。
早明戦では圧倒的な強さを見せた明治。しかし、その他の試合では序盤の慎重すぎる試合運びがことごとく仇となっていた。
『つい相手にお付き合いしちゃう』
このイメージが、ラグビー初心者である私の『今年の明治』だった。どこか優しすぎるのか。
主将の箸本くんは多弁ではない。自らの背中とプレーで引っ張るタイプなのだろう。早明戦での彼は、大学レベルを超えた異次元の活躍だった。
あの時のような、覚悟を決め潔く自分たちの世界を創り上げることはできるのか。
明治の敵は、実は天理ではなく、『自分達』ではないだろうか。
天理の血気盛んな雰囲気を目にしただけに、明治の序盤が心配になった。
試合が始まった。
この展開を、ラグビーファンはどこまで予想していただろうか。
序盤から、明治は完全に呑まれてしまった。
フィフィタくんをはじめとした外国人選手特有の強さと速さ
しかし今年の天理はそれだけではない。
彼らが日本人選手と実にスムーズに、時にトリッキーに連携して明治を翻弄した。
気がつくと、守る明治の左側はいつもガラ空きになった。
あっという間にトライが生まれた。
試合開始から10分も経っていなかった。
その後も、明治は、天理が繰り出すスピーディーなパスと、ボールを前に持ち込む選手の強さについていけない。そしてトライ。
リズムが違うのだ。
相変わらず対抗戦グループにはほとんど外国人選手がいない。リーグ戦グループのように、真剣勝負の場で、規格外のパワーとスピードに直面する機会が少ないのだ。
しかも、天理は力任せではない。
とても精度が高い。
フィフィタくんらの絶妙なパスの間合いとコース、それを受け止めリズミカルに展開する日本人選手達、
実に呼吸があっている。
明治にも焦りが生まれたのか、この日はとにかく反則が多かった。
あるいは、彼らには決勝で当たるであろう早稲田しか見えていなかったのか。天理のラグビーへの対応は後手に回るばかりだった。
衝撃は前半36分
明治陣内ゴールライン手前、明治のペナルティ。天理は明治の一瞬の隙をついて素早くリスタート、パスを受けたモアラ選手は、呆然とする明治の選手達を置き去りにしてゴールライン内に飛び込んだ。
天理この日3つ目のトライ
あの早明戦の明治とは全く別物にも見え、気がつくと前半で大差がついていた。
19-5
想像もしていなかった。後半巻き返せるのか。いや、その糸口を明治がつかんだようには見えない。
前半終了
箸本くんは終始無表情だった。『無』だったとは思わない。『驚』だったのか、『焦』だったのか。
後半が始まった。
最初のトライは明治だった。
これでやっと面白くなってきた。
とはいえ、この日の明治はCGが決まらない。こういう場面でキックを安心して任せられる選手が今年の明治にはいなかった。
さらに明治が得点すれば試合は面白くなるぞ。
しかし、ここからが『天理劇場』だった。
守勢からあっという間に敵陣に押し寄せる様は、今年の天皇杯でみた川崎フロンターレのようだ。
とにかく速い。明治のタックルは対応が遅れ一発では効かない。
なによりお家芸のスクラムで完全にお株を奪われ、ボールを確保できないのが痛かった。
ボールは右へ左へ自在に移動し、そのままトライに結びついた。
天理が明治の反則でPGを決めた時、
2トライ2ゴールでも追いつけない点差になっていた。
天理松岡主将は終始声を張り上げて味方を鼓舞していた。
明治箸本主将は終始表情を崩さなかった。
しかし彼はまだ若い。
その表情が、驚きから焦りに、そして敗北を受け入れる覚悟に変わっていくのを私を含めた観客はみてとっただろう。
しかし、
彼は最後まで率先して攻守にからみ、自らのプレーで苦しむチームを牽引しようとしていた。その姿は主将たるに相応しい勇姿だった。
そしてノーサイド
41-15
あの明治が、ありえない大差での敗戦。
泣きながら喜びを分かち合う天理の選手達
大敗を受け入れつつ悔しさを滲ませる明治の選手達
ファン期待の好カードは、予想外の心の痛みを伴ったものだった。
大学ラグビーが長年抱える光と影をどこかに垣間見たからかもしれない。
見終わってテレビを消しながら、私は以前みた動画を思い出した。
『相手が、神戸製鋼さんか、どこか、分かりませんが、勝利を目指して頑張ります』
たしかそんな言葉だった。1992年早明戦、明治大学主将だった『永友くん』とその仲間達の目には、前年大敗した神戸製鋼しか見えていなかった。しかし、大学選手権準決勝で法政にまさかの敗北。
青春はどこかほろ苦い。でもその苦さがその後の人生の糧となる。
箸本主将、明治大学ラグビー部の皆さん、本当にお疲れ様でした。
松岡主将、天理大学ラグビー部の皆さん、本当におめでとう。
未だかつてない試練を超えて、同じ日彼らはこの場所に帰ってきた。結果は去年と違っても、この80分間で一回り大人になった事に変わりはない。
『コロナ禍』という稀有な体験を経た彼らの『人生』は、これからも続いていく。