東京レヴニスタ静岡遠征記☆3/11vsクボタスピアーズ船橋・東京ベイ〜鎮魂の日に『魂の旗』を掲げて〜
1.春風駘蕩
土曜日の東京駅 午前9時半
一体どこから集まってきたのか。季節外れの暖かさに誘われ、人はここから旅に出ようとしている。日本語でない言語もそこかしこで聞こえる。
ホームから見る青空は、飛散する花粉のせいかどこかボンヤリしている。季節外れの強い陽射しが容赦なくホームに差し込んでくる。
静岡は、どれだけ暑いのか🥵⁉️
私達は再び『遠征』の旅に出かけようとしていた。目的は、もちろんラグビー観戦だ❗️
ジャパンラグビーリーグワン2022/23第11節
静岡ブルーレヴズvsクボタスピアーズ船橋・東京ベイ@エコパスタジアム
新幹線こだま号は、雲一つない青空の下を駆け抜けていく。新横浜を出ても青空は続く、、
これは、見られるぞ❗️
その山は、いつも突然現れる。
雪を被った富士山を背景に、時折見える満開の梅や早咲き桜、土手や河川敷には菜の花の一群が揺れる。
小田原から三島までは山間部を走る新幹線、とにかくトンネルばかり😨
特に熱海〜三島間は、トンネル&すれ違う下り新幹線が続き、ほとんど景色は拝めない。
しかし、ここからがクライマックスだ🌟
三島駅に近づいた頃から、富士はその全景を徐々に現し始める。
富士山は、一度手前の山に隠れ、再度左側から姿を見せる。
新富士に到着するまでの間、雄大な霊峰の全景を堪能できた。スピードの遅い『こだま』ならではの醍醐味だ。
新富士駅を出ると、富士は後方へと姿を消していく。静岡駅を出る頃には、車内からはほぼ見えなくなる。
が、同時に目の前が急に開けてくる。
整然と剪定された茶畑、田おこし前の枯れ田が一面に広がる。
新幹線は、牧之原台地を駆け抜け、川幅が驚くほど広い『大井川』を渡る。
ここからが『静岡県西部』だ。浜松まで、なだらかな丘陵地や平野が続いていく🌿
こだま号は、定刻通り掛川駅に到着した。
2.『命の山』がある街に
ここからは東海道線でわずか一駅、しかし
都民にはその一つが遠い❗️
東海道線の運転間隔は、休日昼間だと約15分、『待てばすぐ来る』に慣れた都民には『果てなく長い時間』なのだ🥲
私の横に、一目で熱烈スピアーズファンと分かる親子連れが静かに電車を待っている。私達同様『来ない時間』を持て余しているようだ。
ようやくやってきた東海道線で一駅、愛野駅までの車窓は、広大な枯れ田と土手一面の菜の花。農機具が並んで止まっている。いよいよ田おこしが始まるのか。
愛野駅に到着。
ラブリーなメロンモニュメント🍈が迎えてくれる。
袋井市は、高級ブランド『クラウンメロン』の生産量全国一位との事。
さすがサッカーW杯2002日韓大会.ラグビーW杯2019日本大会の会場最寄駅🌟
広々とした駅舎を出ると、綺麗に舗装されたなだらかな登り坂が現れた。右手には白亜の結婚式場とカフェが並ぶ。
あの小高い場所に見えるのがこの日の試合会場か、、結構登る😅しかも、
暑い🥵
初夏を思わせる日差しが容赦なく照りつける。慌てて上着を脱いで私と夫は坂を登り始めた。
その小高い丘の名は『小笠山』
エコパスタジアムの正式名称は、はhttps://www.ecopa.jp/facilities/stadium/
小笠山総合運動公園、所在地は静岡県袋井市。
ところで、
この街には『命山』と呼ばれる防災遺跡が保存されている。
前述したが、掛川から浜松にかけての県西部一帯は、丘陵地と平野で形成されている。その結果、古来から台風による『高潮』の被害に悩まされてきた。下掲地形図を見てほしい。
https://www.gsi.go.jp/common/000215483.jpg (国土地理院 HPより)
この『命山』も、1680年の超巨大台風による被害を受けて、地域住民が自らの避難場所として造営したものだ。
台風だけではない。ここは『地震』のメッカでもある。
南海トラフ
この活断層は、過去に何度もこの地域に『大地震』と『津波』を引き起こしてきた。
浜名湖が塩水淡水の混ざり合った『汽水湖』であるのも、1498年『明応の大地震』がきっかけだという。
エコパが小高い場所に鎮座するのは、この一帯の地理的事情に加え、防災拠点としての機能も期待されるからだろう。
汗をかきつつ登る事約20分、ついにスタジアムの歩行者ゲートまでたどり着いた。
ここからは『動く歩道』で坂道をグンと進む❗️はずだったが、この日は動いていなかった😨
最後の上り坂を踏破すると、橋の向こうにその姿は見えて来た。
ラグビーW杯2019『Shizuoka Shock 』の現場、エコパスタジアム。
2.大漁旗が結ぶ縁
この日の試合は、【大漁旗を感じる一日】というテーマで行われることになっていた。
2011年3月11日東日本大震災発生、この日で12年になる。
レヴズの前身『ヤマハ発動機ジュビロ』は、震災発生の年に岩手県釜石市を訪れ、釜石シーウェイブズRFCと【復興祈念試合】を行った。これ以降ほぼ毎年釜石での親善試合が行われ今に至る。
大漁旗は、新日鉄釜石時代から続く『ラグビーの街釜石』の応援文化だった。この釜石との交流を経て、選手の職場『ヤマハ発動機』の各部署が選手配属の度に制作するようになったという。
会場正面口手前には、色とりどりの選手達の旗が展示されていた。自由に選び、撮影スポットで写真を撮ることができる。
意外にも、選手によって旗の素材から違う。デザインも、新しくなるほど個性的かつ斬新になっている。
デザインから素材まで、その違いは、このチームで過ごした『時間』を示しているかのようだ。
私も夫と記念撮影をした。
旗はそれなりに重い。しかも、この地方特有の強い風に煽られると、持っているのも一苦労だ。試合で掲げる方々の熱意と努力にただ頭が下がる⭐️
撮影してくださったレヴズCrewの方に一礼し、私達はグッズの購入に向かった。
いや、その手前に、ガチャガチャがあるぞ❗️
選手に混じってレヴズくんのガチャもある🌟
ガチャで狙い出すと『出費の無限ループ』に陥る😨。ここで切り上げグッズ売り場に向かった。
お目当ては『レヴズくんの大漁旗グッズ』
この実に細やかなデザイン、考案したデザイナーさんを尊敬します🌟🌟
この試合に先立って、『大漁旗をデザインしよう』企画が告知されていたが、絵心ゼロの私には全く無縁の企画であった🥲
グッズ購入の後はお昼だ。
早速夫は芝生に座り『掛川カレー』を食べている。私は普段食べないクレープを食べてみた。懐かしい味、若い頃『クレープ』といえば原宿だった🥲
スタジアム脇のゲートに人垣ができ始めていた。選手バスが到着するのだ❗️
この日は、袋井市の郷土芸能『袋井太鼓』の勇壮な音で、選手スタッフを迎えることになっていた。
レヴズくんが選手入場を盛り上げるべく、大漁旗を振りはじめた。
一斉に拍手が沸いた。選手スタッフがバスから降りスタジアムへ入っていく。
この日【トップリーグ・リーグワン通算100試合出場=100CAP】を迎える日野さんには、一際大きな拍手が送られた。祝福のプラカードがあちこちで振られた🌟
(画像は上掲公式ホームページより引用)
日野さんは、笑顔で手を振って応えスタジアムに消えて行った。
この日は、対戦相手のクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(以下、スピアーズと表記)の立川理道選手も通算100CAP を迎えていた。スピアーズファン=オレンジアーミー🍊は、敬愛する『ハルさん』の偉業を祝うべく遥か静岡まで駆けつけていた。
選手達を見送った私達はスタジアムに入った。
この壮大な空間、風はそれほど強くない。
この日の試合は、今季未だかつてない苦しい展開になるかもしれない。
対戦相手は、リーグ随一の凄まじいパワーを誇る。
いや、相手がどこであろうと関係ないのだ。
レヴズを応援したいから来た。
ただ、それだけの事だ。
選手達がグラウンドに出てきた。
試合前練習が始まろうとしている。
(後日投稿予定の静岡ブルーレヴズ観戦記に続きます)
〜あとがき〜
大震災から12年、追悼と鎮魂の思いを胸に筆を進めました。
海の幸山の幸に恵まれた静岡県、その豊かな自然は時に牙を剥き多くの命を奪ってきた、中世の時代から自然と対峙してきた県西部の歴史を、今回様々な資料で学びました。
改めて愛野駅の【メロン🍈モニュメント】を眺めると、水はけが良い、というこの地域の地盤特性を生かした、と理解できましたし、なによりこの銘菓、
砂丘は鳥取だけではなかった❗️今まで『謎』でしかなかったこのネーミング、ようやく由来がわかりスッキリしました。
なお、大漁旗との撮影をサポートしてくださったレヴズCrewの皆様、また、旗を掲げ続けながら旗との撮影をお声がけくださった郭選手の旗ご担当の方に改めて御礼申し上げます。
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