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『きんたま』とわたし
第一章 『きんたま』との出逢い
あれはわたしが十八、九のうら若き乙女だった頃。
『電気グルーヴ』の前身である『人生』というバンドの『オールナイトロング』という曲を聴いた、その刹那、わたしの脳天に雷が落ちた。
「きんたまが右に寄っちゃった オールナイトロング」
この一節を繰り返すだけの曲。
そのあまりの馬鹿馬鹿しさと潔さに
( キィー!!ずるい!わしもこんな曲歌いたい!! )
とメラメラと強い嫉妬と欲求に駆られたのを覚えている。
第二章 きんたまの壁
しかし、その一方で悲しいかな、わかってしまっていた。
わたしがいくら
「きんたまが右に寄っちゃった」
と歌ったところで、誰のハートも動かせないということを。
なぜなら、わたしには右に寄るきんたまも無ければ、定位置にスンと行儀良くおさまるきんたまも持ち合わせていない。
『きんたま』の生き様を見せることは、到底わたしにはできないのである。
男性が言う『きんたま』と、女性が言う『きんたま』のニュアンスの相違。深み。
そこには、どうあがいても超えられない、厚い『きんたまの壁』があった。
これを確信したとき、生まれながらに『きんたま』を持ち備えた男の人に、わたしは嫉妬と羨望の念を抱くようになった。
そして、たまに一人密かに『オールナイトロング』を口ずさむことで、その心をなぐさめ、自分の気持ちに折り合いをつけた。
はずだった。
第三章 『きんたま』ふたたび
しかし、わたしのなかの"それ"は、どうやらわたし自身によって、強制的に冬眠をさせられていただけだったようだ。
離婚を経て、真の自由を求めて紆余曲折しながらも、いろんな縛りから解放されつつあるわたしの内側に、いつぶりかの春風が吹いた。
春風は、わたしの中で静かに眠っていたその頬をサワサワと優しく撫で、そのぬくもりに呼応するように、"それ"はゆっくりと瞼を開いた。
( あ、なんか、いま、『きんたま』って言いたい )
第四章 『きんたま』よ、きみに届け
わたしの中の『きんたま』が目を覚ました。
だが、正直なところ、わたしは戸惑っていた。
長い冬を越え、飢餓状態のその欲求は、単にひとりで『きんたま』とつぶやくだけでは満たされなかったからだ。
誰かに『きんたま』を届けたい。
どうしようもなくなったわたしは、まず手始めに交際相手に「そこのお醤油とって」と言うような感じで、さりげなく『きんたま』と言ってみた。
彼は一瞬驚いた顔をしたものの、次の瞬間には何かを察したように微笑みながら、「あ…うん。」と受け入れてくれた。
気を良くしたわたしは、つぎに、実妹とほぼ妹のような友人と作っているグループLINEで、唐突に『きんたま』とつぶやいてみた。
二人とも優しかった。
わたしよりひと回り以上歳下の彼女たちに『きんたま』はちょっと荷が重すぎたかもしれない。
でも、彼女たちは、戸惑いつつもわたしの『きんたま』を、かすかに震える手でそっと受けとめてくれた。
そこでわたしは期待をしてしまった。
これはもしかしたら、見知らぬ誰かのこころのキャッチャーミットに、わたしの『きんたま』がすっぽと収まることがあるかもしれない。
だからわたしはこうして『きんたま』への想いをここに記すことにした。
最終章 『きんたま』からの贈りもの
想像してみる。
わたしの元から、世界に羽ばたいていく無数の『きんたま』を。
その姿はシャボン玉のようであり、モモンガのようでもある。
『きんたま』は今、わたしの手を離れ、それぞれの冒険の旅へ出た。
だけどもわたしたちは見えない糸で繋がっている。
わたしの『きんたま』がだれかに受け入れられたとき、そのだれかの懐の大きさだけ、わたしの世界はまた広がってゆくのだ。
そして、このわたしの『きんたま』に対する複雑な想いも、いつしか天高く大気圏を抜けて昇華し、純粋な光となり人々を照らすだろう。
万が一、だれにも受け入れられなかったとしても、わたしは決して後悔はしない。
なぜなら、自らの魂が欲した要求に、真摯に応えることができたのだから。
ありがとう『きんたま』
さようなら『きんたま』
『きんたま』に関わる、そしてこれから関わっていくであろうこの世のすべてのひとたちのしあわせを、
いま、ここに心から願う。
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