僕の弱いお腹から学んだこと、物事の程度について
どうも柊です。
みんな元気か、僕はいま猛烈な腹痛と気持ち悪さに耐えながらこの文章を書いている。というかウンコをしながら書いている。そう、お腹を下したのだ。原因は明らかに晩ご飯の食べ過ぎ。
これをわざわざ読んでくれているみんなにも経験はあるだろう。おかなを下した時の猛烈な苦痛を感じたことが。ぼくはその体験を月1、調子が良ければ月2、3回の頻度で経験している。とてもじゃないが文章に起こすには下品すぎるくらいのものをだ。いまこの文章を書いている最中にもぼくのケツの穴は痛みに耐え、悲鳴をあげている。ぶりぶり。
そしてぼくはいま、この激しい痛みに満ち溢れたこのウンコの時間をさらなる高みに昇華させることに成功した。うんちエッセイだ。
今回はぼくの弱いおなかから学んだこと、つまり物事の程度についてぼくなりの新しい発見があったからみんなに共有する。
<目次>
・ウンコについて
・やりすぎ、あんまり良くない?
・いや、そんなことはないぞ
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タイトル回収をするにあたって、まずはおなかを下す理由から考えてみよう。環境や個人の資質によって個人差は大きいが、ぼくの場合は「食べすぎ」が主な理由である。食べすぎ、意地の汚さが出ている。美味しいものを食べたい本能vs危険を告げる理性。いつも理性が白旗をあげて逃げていく。本能の勝利だ。
その後ぼくがトイレにこもっている姿は容易に想像できるだろう。ここには「脳のライバル構造」というものが見られるのだが、それはまたの機会に書いてみる。
では「食べすぎ」に焦点を当ててみよう。
そもそも下痢というのはウンコに水分が多く含まれている状態だ。ここまではみんなが知っている。しかし、食べすぎておなかを下す、このメカニズムを知っている人は意外と少ないのではないか。(痛い)
(以下、meijiのHPから引用)
大腸には、水分を吸収する働き以外にも、水分を分泌したり、腸の内容物を先へ送ったりする「ぜん動運動」の3つの働きがあります。
この3つの働きのバランスが崩れることで下痢を引き起こしやすくなります。
・ぜん動運動性下痢
・浸透圧性下痢
・分泌性下痢
ぜん動運動性下痢は、大腸のぜん動運動の働きが高まって活発になりすぎると、内容物の水分の吸収が不十分になり下痢になります。
また、浸透圧性下痢は、大腸が内容物から水分を充分に吸収しきれないまま排出されると下痢になります。
そして、大腸は水分を吸収するだけではなく、水分の分泌という働きもあります。
分泌性下痢は、その分泌量が多くなり、便の水分量が多くなって下痢になってしまうのです。
ぼくの場合はきっとこの「ぜんどう運動」が活発になりすぎることが該当する。(お尻が痛い。)
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そろそろ本題に移ろう。今回は下痢を例にしているが、「◯◯のしすぎ」というのは基本的に良いことがないような気がする。食べすぎにしたってそうだが、「仕事のしすぎ」だいたい病む、「動物とりすぎ」絶滅しちゃう。
“過ぎたるは猶及ばざるが如し” 孔子
何事も程ほどが肝心で、やり過ぎることはやり足りないことと同じように良いこととは言えない。
2500年前の人類もそう言っているから間違いない。
何を行うにしても適切な手段であったり、回数などというものは(本来的には)決まっていて、その通り行えば物事はたいてい上手くいく。しかしそれを知ることはライオンを素手で倒すくらい難しい。さらに言えば「適切」という方法を皆が追求していくと同質化してしまう恐れがある。
でもみんな、知りたいよね。
適切な程度を知るにはどうしたらいいか。
簡単に言えば一回やりすぎてみることだ。それと同時に怠けてみること。これが良い。つまり、自分のキャパの上限と下限を知ることが大切になってくる。(痛みがピークを迎えた、顔はさながらマントヒヒである。)
人間、心地よい範囲に生息しているとだいたい現状維持、なんなら衰退していく。別に悪いことではない。生存戦略としては正しい。
ただしこの“心地よい範囲”というのは外からの予想外な刺激が一切ないということでもある。それ、あんまり面白くないよね。
(痛みが収まってきた。)
逆に言えば今のぼくのように徹底的に自分を追い込むことで謎の境地に達し、水っぽいウンコが輝かしい(?)noteの題材へと昇華することもある。おもしろい人類であるには“偏っている“ことが大きな武器になる。なんらかの負荷をかけること、それは外界からの刺激であり、それが自己に眠っている何かを発見することにもつながる。逆もまたしかりでなんもしないことも大事。ボーッとしながら散歩する、みたいな。
このように、バランスが大事っていうのは2500年前から言われているし、現代でも言われている。そしてそのバランスというのを知るためにはキャパを決定する上下の幅を知ること、やりすぎてやらなすぎることが大事なんだな〜というお話でした。
ウンコが自己啓発書みたいになる世界へとぼくは辿り着いたらしい。みんなもこっち側においで。
Twitter 柊@hiragisand