マガジンのカバー画像

《短編小説集》なにがしかの話

21
物語の半分はほろ苦さでできています
運営しているクリエイター

#大学生

高校の先輩が大学で後輩になった日々の話

 大学三年生にもなると、サークルの新歓コンパも慣れたものだ。いつもの居酒屋。お決まりのプラン。そして、お馴染みのイベント──新入生による自己紹介。 「大学生活、サイッコー!!」  トイレから戻ってきた俺を出迎えたのは、とある新入生の雄叫びだった。  タンポポじみた金髪に、スポーツサングラスをかけた男。声も大きけりゃ身体もデカい。遠目に見ても、おそらく2メートル近くあるだろうか。十字架と謎の英文がデカデカとプリントされたTシャツに、くたびれたウォッシュジーンズという出で立

好きになりそうな人と写真を撮った夜の話

 ES──エントリーシートなんてのは、自室でひとり粛々と書くに限る。大学のラウンジで、それもお喋りな女友達と一緒にやるべきことではないのだろう、たぶん。 「ところでさ、にっしーは今度の日曜って忙しい?」 「いちおう空いてるけど」 「了解、じゃあ『デート』の件はその日にしない?」  予想外の単語が耳に飛び込んできて、俺は危うくESの清書をミスりそうになった。「いやちょい待ち、どういうことなの」手を止めてそう問えば、イチカワは「飲み会での話、忘れたの?」と目を丸くした。瞬間、

好きな人とAVを鑑賞した夜の話

 ──どうして、こうなってしまったんだろう。  6畳のワンルームに響く、女の甲高い喘ぎ声。肉と肉がぶつかりあう、重くて湿っぽい音。それらの合間を縫うようにして漏れ聞こえる、男の荒い呻き。  テレビ画面のなかで蛇のごとく絡み合う彼らは、「観られる側」としてこの状況をどう思うのだろう? そんな他愛もない問いが脳裏に浮かぶ程度には、室内は溢れんばかりの倦怠感で満ち満ちていた。  ちゃぶ台を囲んで画面を眺める、僕ら3名の男性陣。そして、傍らのベッドに腰掛けている紅一点──イガラ

夜間限定彼女が願い事をした夜の話

 屋上に続くドアの鍵を回すと、ほのかに温かい風が僕らの頬を撫でた。明日からは9月だというのに、まだまだ秋の気配とは程遠い。彼女──ハツカが「ぬるいね」と笑い、僕も「ほんとにね」と頷く。  大学4年生の、夏。  言い換えれば、僕らにとっては学生最後の夏休み。とはいえ、なにか特別なことが起きるわけでもない。もっとも、別に「起きてほしい」とも思っちゃいないのだけれど。   今日も今日とて、いつもどおりだった。  ハツカが昼頃に僕の部屋にやってきて、誕生日プレゼントとして最近

卒業前に留年生が未練を聞き届けた昼の話

 この大学とも、あと少しでおさらばだ。  卒業を目前に控えても、私のなかに惜別の情はとんと湧いてこなかった。4年間──そして、おまけの1年間。長く居すぎた、と思う。居たくて居るわけじゃない、と己にどれだけ言い聞かせたことだろう。 「残りの学生生活を楽しんでください」と内定先の人事から言われた憶えがあるけれど、やりたいことなんて特になかった。  ──「学生最後だし帰省しようかなって」  ──「卒業旅行どこにするー?」  ──「やっぱ卒業式は振袖でしょ〜!」  そんな会話