文化芸能プラットフォームを作りたい。歴史文化事業トークセッション|山本×青木×渡辺
2023年から本格始動した歴史文化事業。御諏訪太鼓をはじめとする芸能と観光ツアーを組み合わせることで、諏訪地域に息づく文化芸能の振興を図る。仕掛け人の3名が集まり、ツアー造成の背景やプロジェクトにかける思い、今後の展望を語り合った。
諏訪の文化芸能を盛り上げる観光コンテンツ
−今回のプロジェクトの概要を教えてください。
山本:諏訪ならではの文化や歴史を体験できるインバウンド向けのツアーを企画・販売するプロジェクトです。観光庁の「観光再始動事業」の採択を受けて、補助金も活用しながら造成し運営しています。この地域で受け継がれてきた自然信仰や精神性を海外の人に伝えるとともに、地元の文化芸能の振興を目的としています。
青木:諏訪を代表する民俗芸能である御諏訪太鼓の伝承者・麻琴(山本)さんがツアーのガイド役を務め、葉(渡辺)さんが通訳を担当しています。販売は僕が所属する「地域ブランディング研究所」のコンテンツ予約プラットフォームサイト「Attractive JAPAN」を通じて行い、8Peaks familyのみなさんと伴走しながら地域全体のプロモーションを進めています。
−渡辺さんは8Peaks familyのnote初登場ですね。ジョインされた経緯は?
渡辺:私は15歳から大学を卒業するまでアメリカに住んでいたので、富士見町の議員活動とは別で通訳や翻訳の仕事もしていて、その話を青木さんにチラッとさせていただいたら連絡をくださいました。私は20年後、30年後の自分たちの未来のために今動きたいと思って政治の世界に入りましたが、8Peaks familyのみなさんは民間の力で地域を底上げしようとされていて、その考えにすごく共感しましたし、それこそが本質だと思っています。個人的に諏訪地域のことをもっと知りたいという気持ちもありましたし、海外の方にこのツアーがどれだけ刺さるのかにも興味があったので、喜んでジョインさせていただきました。
青木:僕は3年前に長野担当になって以来、ずっとみなさんと関わらせてもらっているんですけど、8Peaks familyのように地元の若手が集まって民間主体で動くというあり方はすごく面白いですよね。特に観光プロジェクトは行政主導であることが多いので、全国的に見ても稀有な存在だと思います。さらに今回のプロジェクトに関しては、観光事業者ではない麻琴さんが新たな領域に飛び込んでくださったことに大きな意味があります。麻琴さんの覚悟に、僕は感動しました。
−山本さんが観光事業に関わろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
山本:一番は新型コロナウイルスですね。諏訪地域には太鼓だけでなく、箏(こと)、尺八、木遣り(きやり)、長持ちなど、さまざまな芸能に携わっている方がいらっしゃいます。一方で、主な披露場所は地元のお祭りや地域の発表会や企業主催のイベントなどですが、その機会はコロナ禍以前から減ってきていました。そんな中のコロナの影響で、ただでさえギリギリでやってきた人たちは非常に苦しい局面に立たされました。結論を言うと、芸能に携わることをやめた人もいますし、コロナ禍のピーク時は御諏訪太鼓も演奏の機会は全くなくなりました。そこで感じたのは、これまでとは違う機会を創出しなければいけないということです。まずは観光コンテンツを造成して、活躍の場を増やそうと考えました。
−なるほど。ツアーはインバウンド向けということですが、具体的にはどんな内容ですか?
山本:三つありまして、まず一つが諏訪大社・佛法紹隆寺・御諏訪太鼓を組み合わせた体験ツアーです。国内最古級の諏訪大社には、日本人の原初的な崇拝である自然信仰が今も息づいていて、諏訪地域の精神性を象徴する場所と言えます。ツアーでは、はじめに諏訪大社の上社本宮を私のガイドと葉さんの通訳付きで見学いただきます。つづいて佛法紹隆寺に移動してご住職の岩崎宥全さんにご案内いただいた後、普賢菩薩像の前で御諏訪太鼓の奉納演奏を聴いていただくという流れになります。御諏訪太鼓は古くから諏訪大明神に奉納されてきた民俗芸能であること、さらに佛法紹隆寺にある普賢菩薩像は、諏訪大明神が人間を救済しようと菩薩様の姿であらわれた化身であり、元は諏訪大社で偶像崇拝されていたものなんですよ。そういった繋がりを説明しながらご案内します。
青木:昔、仏教と神道は一体化していたんですけど、明治時代に「神仏判然令」が出されたために、諏訪大社で祀られていた仏像などの宝物を周辺の寺院に隠して守ったという歴史があるんですね。佛法紹隆寺もその一つで、諏訪大社とゆかりが深いんです。
−神社とお寺にそんなつながりがあったとは。日本人でも知らない人が多いのではないでしょうか?
山本:御諏訪太鼓宗家である祖父に「神様も仏様も同じように大事にするんだよ」と言われ続けてきた私ですら、それが信仰と合致したのは、岩崎住職と関わらせていただくようになったここ数年のことです。150年前までは、日本人が約1000年続けてきた神仏習合という信仰があることを、諏訪地域の人たちも含めて多くの日本人が知らない時代になったのかもしれません。
−ツアーに参加することが、歴史を深く知るきっかけになりますね。
青木:そうですね。ツアーの内容だけ見ると「歴史」なイメージが強いかもしれませんが、こういったストーリーや繋がりを知っていきながら聴く御諏訪太鼓の演奏は、よりその真髄を肌で感じることができると思います。心が震えるような、他では体験できない特別な感覚をぜひ味わってほしいです。
本来あるべき姿で演奏することが大切
−もう一つのツアーはどんな内容ですか?
青木:諏訪大社・本陣岩波家・箏を組み合わせた体験ツアーです。ガイド役は同じく麻琴さん、通訳は葉さんで、江戸時代に大名などの宿として使われていた本陣岩波家を28代当主・岩波尚宏さんにご案内いただき、庭園を望む奥座敷で和楽器ユニット「わかな」さんによる箏の演奏を楽しむというツアーになります。
山本:こちらのツアーでは諏訪大社の下社秋宮をご案内します。御諏訪太鼓復元の元となった「藤太郎覚書」にも毎年8月1日には下社秋宮で諏訪太鼓の奉納打ちくらべがあったと書かれており、御諏訪太鼓ともつながりの深い場所です。
青木:下社秋宮のあるエリアは中山道と甲州街道が交差する交通の要所で、そこに温泉が湧いていたことから宿場に発展したという地理的な特徴も興味深い点です。また本陣岩波家の現存の建物は200年以上前に建てられたもので、江戸時代にタイムスリップしたような気分に浸れるのも魅力だと思います。
山本:実際に当主が代々そこで暮らしているというのが希少なんです。住みながら守ってきたからこそ、当時の面影を残したまま建物が活き活きと受け継がれている。庭園も元々は諏訪大社とつながっており、境内の一部だったそうですよ。
−そんな場所で箏の演奏が聴けるなんて素敵ですね。
山本:イベントでの演奏は広いホールで行われることが多いですが、日本の古典的な芸能である箏や尺八のような楽器は、本来5~6畳ほどの和室で聴くのがあるべき姿です。移りゆく庭園の四季とともに生音を楽しむことで、江戸から明治、大正、昭和と、諏訪の人々が味わってきた情景を見られるのではないかと思います。
青木:まさにそれが今回のツアーの本質で、本来奏でられていた場所で演奏を聴くことによって、その楽器や音、体験の魅力が何倍にも増すと僕たちは思っています。この地域の歴史、文化、精神性を最大限体感していただくには、演奏チームと場所チームが連携してツアーをコーディネートすることが重要です。
↑本陣岩波家ツアー
山本:3つめは楽器本来の姿を楽しめる体験ができる、白樺湖でのカヌーと御諏訪太鼓の演奏を組み合わせたツアーを実施しています。歴史文化というコンセプトからは少し外れますが、目的は先程お話しした二つのツアーと同じです。日本の太鼓は縄文時代に既にあったとも言われており、我々が住んでいる場所の先祖である縄文人は八ヶ岳を信仰の対象として崇めてたと言われます。大自然の中で御諏訪太鼓の音色を聴きながら、縄文時代に思いを馳せてみるのも楽しいと思います。
↑白樺湖ツアー
日本人にとっても価値のあるツアー
−ツアーの内容には海外の人にとって難解な部分もあるかと思いますが、渡辺さんが通訳で心がけていることは?
渡辺:もうおわかりだと思いますが、お二人にはすごく強い思いがあるじゃないですか(笑)。
山本・青木:(笑)。
渡辺:通訳というフィルターを通して、その思いをいかにわかりやすく伝えるかを意識しながらやっています。例えば固有名詞や細かい数字はできるだけ省きますね。「徳川家康」なら「こういうリーダーがいてね…」とか、「624年前」だったら「だいたい600年前」とか。逆に、自然を崇拝する精神性であったり、本陣岩波家がなぜあるのかを説明するために必要な「参勤交代」や「宿場町」などの概念に関しては、日本語では言わなくていい部分も追加して説明します。わからなそうなところはシンプルに、興味がありそうなところは詳しく、緩急をつけるのがポイントかなと思います。
−さじ加減が難しそうですね。
渡辺:そうですね。全部シンプルにしちゃうとせっかくの思いが伝わらないですし、理解できない言葉をずっと投げかけられてもシャットアウトしちゃいますし。言葉だけでは限界があるので、青木さんにもご協力いただいて、地図や写真など視覚的なツールも使いつつ補っています。一番大事な演奏や体験の時間をしっかり確保するためにも、テキストヘビーにならずにわかりやすく伝えられる方法を考えていきたいなと思っています。
青木:ツアー前に予習的な動画を観ていただくのも効果的かもしれませんね。
渡辺:日本人でも難しい内容ですもんね。私もこれまで御諏訪太鼓の演奏自体聴いたことがなかったですし、このプロジェクトに参加して知ったこともたくさんあります。インバウンド向けではありますが、演奏を聴くだけでなく実際に体験できるプログラムも組み込まれていますし、日本人にとってもすごく価値のあるツアーだと思います。
青木:このプロジェクトを通して地元の人にも諏訪の魅力を再認識していただけたら、さらに可能性が広がりますよね。行政とは関係のないところで諏訪圏域6市町村のつながりができたり、横のネットワークが増えていけばより面白くなると思います。実際に今、葉さんが楽しんで参加してくださっている姿を見られるのも嬉しいですし。
渡辺:お寺のご住職や演者の方など、普段関われないような方ともお話しできますし、何より8Peaks familyのみなさんと会えるのが楽しいんですよね。いつも刺激をもらっています。
本拠地でしか味わえない唯一無二の体験
山本:このプロジェクトにはもう一つ目的があって、文化芸能のプラットフォームとなるwebサイトを作りたいと思っているんです。
−「文化芸能プラットフォーム」とは?
山本:諏訪圏域6市町村で活動する芸能団体・個人を一覧できて、外部の方がコンタクトを取る際の総合窓口になるwebサイトです。今までそういうものがなかったので、例えばイベントで箏を演奏してほしいと思ったら人づてに紹介してもらうしかなかったし、海外の人が太鼓を観たいと思ってもどこに連絡をすればいいのかわからなかった。せっかく諏訪には強い武器がたくさんあるのに、このままだと下手したら東京から演者を呼ぶことしか出来ない状況にもなりかねない。それってすごくもったいないですよね。個人的なつながりがないとオファーできないなんて、今の時代に合いません。
−仕事が来ないから東京に出ていこうと考える演者さんもいますよね。
山本:そうなんですよ。この地で培われた芸能が外に出ていかなくてもいいような仕組みを整えないといけないし、外に出て行った芸能従事者を呼び戻せるくらい魅力のある場所にならないといけない。そのためにはもっとこの地域の芸能に携わる人が束になって、賑わっているムードを作り、中からも外からもこっちを向いてもらえるようにすることが重要だと思っています。
青木:長野県内の中でも、諏訪ってなぜか外国人観光客がめちゃくちゃ少ないんですよ。中山道にも来ているし、河口湖から松本へ行く途中にも絶対に通過しているはずなのに。
渡辺:自然崇拝の考え方は今世界中で注目されていますし、海外の方が好きなコンテンツが揃っていると思うんですけどね。
青木:たくさんの人に来てもらう必要はないと思うんですけど、せめて一泊はしてほしいですよね。いいところだということをまずは知っていただいて、諏訪ならではのローカルな精神性を楽しんでほしい。
山本:むしろ、わかりにくさがいい意味で人をせき止めてくれているのかも。富士山とか松本城とか、どうしてもわかりやすいコンテンツに人が集まってしまうんですよ。私は同じくらいたくさん集めたいとは思っていなくて、その中から諏訪に価値を感じてくださる方が来てくれればいい。私たち日本人が海外で独自のカルチャーに衝撃を受けるように、海外の人たちには諏訪でしか味わえない唯一無二の歴史・文化・芸能体験をしてもらうことが大切だと思うんです。ぜひ一生に一度の思い出を作っていただいて、湧き上がる感情をお土産として持ち帰ってほしいですね。
−わかりにくいからこそ、本質的に豊かな体験を求める人に刺さりそうな気がします。
青木:僕もそう思います。諏訪は「縄文銀座」と呼ばれるほど縄文時代に栄えた地域で、単なるお勉強的な歴史ではなく、営みや文化が地層のように積み重なって訴えかけてくるんですよ。そこがすごく面白い。歴史の距離が近くて、年代関係なく今もそこに生きているというか。僕が個人的に縄文時代が好きというのもあるかもしれませんが(笑)。
山本:御諏訪太鼓の曲の中にもそうした諏訪の風土が息づいていて、祖父はいつも諏訪地域のことを説明してから御諏訪太鼓を演奏していました。歴史の教科書には載らない諏訪の伝記のようなものを太鼓で表していたんでしょうね。私も小さい頃から国内外で演奏てきましたが、ある意味で諏訪人の歴史・風土・信仰心をPRしてきたんだと思ってます。だからこそ、本拠地の諏訪でしか体験できない最高の御諏訪太鼓があるんだということを、自信を持って外に発信していきたいですね。この地域の自然や歴史、習慣、水、食、酒を御諏訪太鼓と一緒に味わっていただいて、初めて100%堪能できると思います。
青木:まずはこのプロジェクトに魅力を感じていただけるように、きちんと形にしていかなければいけませんね。そこから、私もやりたいとか、この場所で演奏してほしいという声が出てくればツアーのバリエーションももっと増えますし、文化芸能だけでなく地域全体の活性化にもつながると思います。
渡辺:ちなみに私、ずっと妄想していることがあるんですけど、最後に言ってもいいですか?
山本・青木:聞きたい!
渡辺:富士見町でもツアーをやってほしいです。富士見町の里山の風景は海外の方にも好まれると思いますし、今インバウンド向けのエコツーリズムが流行っているのでポテンシャルがあるなと。あと富士見町には「井戸尻考古館」という縄文の考古館がありまして、かなり異色で面白いんですよ。諏訪信仰の精神性ともつながっていて、それを表現した土器もあったり。神様に捧げ物をする「高原の縄文王国収穫祭」という式典が毎年行われているのですが、そこで麻琴さんが御諏訪太鼓を演奏したらすごくマッチしそう…。最近、建築家の藤森照信さんが設計した一棟貸しの「小泊Fuji」という素敵な宿もできましたし、パッケージとしてもいいのかなと妄想しています。
青木:やりましょう。
渡辺:やった(笑)。
山本:里山を利用して、太鼓の音が遠くまで届くことを実体験してもらうのもいいかもしれませんね。山の中で遊んでいて、太鼓の音が聞こえたらご飯だから戻って来てねとか。
渡辺:楽しいですね。どれくらい響くものなんですか?
山本:モンゴルで実験したら、何もないところだと4キロくらい先まで届いたって。
渡辺:すごい!
山本:青木さん、やりましょう。
青木:まず補助金の申請から始めましょう(笑)!