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お箸の話

日本人は、このような道具にも「お」を付けます。

スプーンやフォークには「お」を付けませんが、敬意を表して「御」と書きます。同じく「ご飯」にも敬意を表し「ご」を付けます。それ程長く大切にしてきた品々なのですね。

一説によると1400年前、厩戸王(うまやとのみこ)(聖徳太子)が、大陸からの箸を日本に広めたのだろうと言われています。

東アジアで現在も広く使われている箸は、素材や形も異なり、極東日本では、多種多様な箸が現在も使われています。

茶の湯でも、用途や場面に於いて食事用・取り分け用等が分別され、そこには合理性と供に、日本的に進化した美意識が息づいています。

正月や祝い席に用いられる両細の「柳箸」では、片方が神様用、片方が食する人用として、神仏と私たちが共に実りを分かち合うという考え方が、今も受け継がれています。

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平安時代から千年に渡り、神仏が一緒にまつられてきた神仏混淆(しんぶつこんこう) から、明治以降はっきり両者を分ける通達が出ましたが、令和の現代でも神様を祭る寺院は少なくなく、日本的な祈りの側面を感じることができます。北鎌倉にお越しの際は、その様な発見も楽しみの一つかもしれませんね。

以下にgoo辞書より引用します。

【神仏混淆とは】神道と仏教の二つの信仰を折衷し、融合・調和していること。日本の神と仏教の仏菩薩は本来同体であるとする考えに基づき、両者を同じ場所にまつり、信仰すること。神仏習合。

鎌倉は神社仏閣も多く、更に茶道他○○道に通じる集まりが多いため、私たち料理屋は少なくとも慶事・弔事・一般食事での仕分けは意識しつつ美しい形が継承されることを念じています。

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そして私自身は、幼少期は寺の境内で遊び、幼稚園は鶴岡八幡宮に、そして現在はそれらのお客様の御用達を頂き、お料理提供をさせて頂いております。

ときに、小学生や中学生のグループが来店する際に、お箸の使い方を小中学生と一緒に、食前に学ぶ時間を頂きます。

西洋料理とは、ひと味違う日本的エチケットやマナーがその中にはあり、外国人の方々にも興味をもって接することが出来ます。形から入る日本の様式美を体験することで、大人になって何か役に立つのではないかと想いつつ。

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あるとき、ベトナムからの若手経営者の皆様をお迎えしたときは、同じ箸文化をもつ国同士でも、その違いにお互い驚きと共に共感を受けたことを思い出します。

このコロナ禍には、海外のお客様はほとんど来られませんが、二年前迄は欧米の方を中心にお迎えしていました。そのほとんどの方々が箸を使え、東アジアの文化が世界に広まっている事を強く感じていました。

箸は、時に洗ってマイ箸として利用し、時には間伐材から作る使い捨て用として利用することで、衛生的でサステナブルな日用品だと思っています。このような文化とも言える「箸文化」が千年前からあった事は、とても素晴らしい事で、先人に感謝すると共に、世界各国に箸文化が広まっている事に、誇りを感じます。

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