現代詩お嬢様が「お嬢様」である理由
※「The Written」第1号(2022年12月)に掲載された記事の再掲です
https://drive.google.com/file/d/1Z0y6yyrmVg8ly77NLkEcz6gzrUptRcVH/view
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野村宗弘の『とろける鉄工所』やパルコキノシタの『漂流教師』、そして板垣恵介の『我が青春の習志野第一空挺団』など、元々別の職業に就いていた作家が自身の体験を漫画化することは度々ある。しかしそれでも《現役詩人による、詩を題材にした漫画》となると前代未聞だ。小林素顔による現代詩お嬢様シリーズは、隆盛を極めた今日の漫画市場においてさえも稀有な存在なのである。
「The Writtern」の読者ならほぼ確実に既知だろうが、念のため軽く解説しておく。「現代詩お嬢様」とは詩人・小林素顔氏による「バーチャル詩人」およびそれを軸とする各種コンテンツだ。現代詩お嬢様は詩を書き、詩誌『ココア共和国』に何度も掲載されている。ただいたずらに詩をテーマにしているわけではなく、しっかりと詩の力を担保したうえで展開されているコンテンツなのだ。もちろんそれは、お嬢様の執事・小林の尽力によるところが大きい。まだ想像できない人は「けいおん!」を思い浮かべてほしい。アニメの主題歌や劇中歌は、もちろんプロのクリエイターが作ったものだが、どれも平沢唯なり秋山澪なり登場人物の名義になっている。現代詩お嬢様もこれに近い。
現在、現代詩お嬢様は詩と漫画の二軸で展開されている。詩は電子書籍詩集『Virtual Poetry』が発売中だ。詩人の清水らくは氏による同書の評論も必読である。一方の漫画は2022年現在、『厚顔堂 Vol.1 現代詩お嬢様 神出鬼没の詩読指南 Kindle 版』と『BONE vol.3』掲載の4コマ漫画が挙げられる。このうちBONEは私が発行する詩誌で、小林氏に寄稿していただいた。「スラップスティック・ポエトリー・コメディ」抱腹絶倒ギャグ漫画なので、これを機にぜひともご一読を。
はじめにも書いた通り、詩人による詩ネタ漫画は他に類を見ない。現代詩お嬢様はこの未開の地へはじめて踏み出した女傑なのである。『詩読指南』はまさにお嬢様が詩の読み方を指導する物語だ。「ごきげんよう 現代詩お嬢様でしてよ」と自ら名乗り、さらに「詩のイメージを具現化いたしました空間」を突然くりだす彼女は摩訶不思議の存在。実体ある令嬢ではなく「”詩の世界におけるお嬢様キャラ”という概念の具現化」と見たほうがよいだろう。そのイメージは執事小林によってさらに加速する。『詩読指南』における小林は、小林素顔氏のTwitterアイコンそのままの頭部にスーツ姿の胴体を持っており、異形頭の一種とも言える。神出鬼没なお嬢様と、人間かもわからない執事。『詩読指南』が作中世界を描いたものでなくあくまで詩読の絵解きであることを示すには十分なタッグだ。最近はあまり聞かないものの、一時期の小林氏は現代詩お嬢様を「バーチャル詩人」と呼んでいたことからも、彼女はいちキャラクターというより一種のアイコンであることが伺える。
そのような現代詩お嬢様だが、『BONE vol.3』掲載の漫画ではかなりの変化が起きている。詩読指南版での現代詩お嬢様はアイコンであり、それがゆえにお嬢様自身のバックボーンが扱われることはなかった。一方のBONE版では、お嬢様はコンビニで働き(最近は発注も任されているらしい)、月に一度の浦霞(日本酒)が楽しみで、自宅では「荒地」や「死刑宣告」と書かれたTシャツを着ている。『詩読指南』とは打って変わっての世俗化だ。ここでの彼女には確かな実生活があり、しかも少々荒んでおり、それでもなお自ら「現代詩お嬢様」と名乗り詩作に精進している。
概念・アイコンから”自称”に変わったことで、現代詩お嬢様が持つ「お嬢様性」は減少した。アイコンは指し示すもの(つまり「お嬢様」)そのものであるが、BONE版の彼女はお嬢様とは呼びにくい部分も含んでしまっている。しかし、減少しているはずの「お嬢様性」を BONE版にこそ強く感じられてしまう。それはなぜか。やはり、悪く言えば自称だが、良く言えば作中世界にて能動的にお嬢様性を獲得しようとしているからだろう。作者という神から無条件に与えられるのでなく、先天的に持ち合わせていないからこそ対象を強く意識する。強く意識するからこそ対象を具現化しようと行動できる。そして、行動が対象であることの証明になる。それを得ようと自ら動くものは動くことによってそれを獲得できるのだ。
「お嬢様でない者がお嬢様を目指す」で思い浮かぶのがお嬢様部だ。これは全国の大学に点在する(大抵は非公式の)サークルである。お嬢様部wikiには「各々モデルとする『お嬢様』を想起し、口調や振る舞い等を演ずる、または餐・菓子の手製を実践することにより、令嬢の如き高潔な精神を養う事」が活動目的とある。もちろん本気でお嬢様を目指しているわけでなく、大抵はネタとして行っているにすぎない。
しかし、行動が存在を規定するのだ。2022年6月、佐賀大学のお嬢様部がごみ拾いを行い、それが全国ニュースとなった。6月4日深夜に佐賀大学付近で暴走族とその野次馬が騒音騒ぎを起こし、さらに大量のごみを路上に残していった。その惨劇を佐賀大学お嬢様部部長が知り、すぐさまTwitterでごみ拾いを呼びかけ、最終的に10人ほどが集まった。「わたくしたちの生活の場に大きな音を響かせた上、やじ馬の中にはお子さま連れもおられました。憤りが収まらなくってよ」とのことだ。
日本国憲法の施行とともに華族制度も廃止されたため、現代日本に法的な「お嬢様」は存在しない。しかし佐賀大学お嬢様部の行動はまさしく善行であり、そのために全国から賞賛を集めた。ごみ拾いはノブレス・オブリージュであり、逆説的に、ノブレス・オブリージュを実践する者だからこそ「お嬢様」と見なすことができる。ちなみに佐賀大学お嬢様部の入部条件は「お嬢様は心の有り様であり、生まれや性別、裕福さは関係なく、いつでも優雅に生きる心があればすでにお嬢様であると考えておりますわ」らしい。入部条件も「行動が存在を規定する」原則に即している。
現代詩お嬢様の生活はけっして豊かではなく、お嬢様にふさわしき「丁寧で美しい生活」はおよそ実践できていない。フォロワーにブロ解され、日本酒とともに焼き鳥をほおばる姿を「お嬢様らしい」とは言えやしない。しかし彼女はお嬢様でなく「現代詩お嬢様」だ。生活面で荒い部分はあるにせよ、”現代詩”の冠に恥じないような詩活動を展開している。『詩読指南』では詩の読み方をマーベラスに語っている。『BONE vol.3』では詩を投稿し、思いついた詩は領収書の裏へ急いで書き留める。詩に対しては非常に誠実だ。そしてなにより、現代詩お嬢様は『ココア共和国』にも掲載され、今まさに詩壇へ進出しようとしている。今更言うまでもなく詩壇は旧態依然とした業界だ。だからこそ、その業界内へお嬢様言葉を駆使する謎の存在が切り込んでいく光景は痛快そのものである。あえて言おう、現代詩お嬢様はまったくふざけた存在だ。しかし詩の力は本物であり、『ココア共和国』ではすでに評価を得ている。見掛け倒しではない。奇妙な彼女が邁進していく勇姿は「お嬢様」と呼ぶにふさわしいほど輝いている。
現代詩お嬢様は執事小林とともに今後も詩の世界で暴れまくるだろう。こんなの面白いに決まっているし、応援せずにはいられない。
各種販売ページ
『厚顔堂 Vol.1 現代詩お嬢様 神出鬼没の詩読指南 Kindle 版』
参考
清水らくは「現代詩お嬢様論考」 2022年12月19日 閲覧
お嬢様部wiki 2022年12月19日 閲覧
佐賀新聞「「これは許せませんわ」ごみの後始末は「お嬢様」 佐賀大学非公認サークル 暴走行為のやじ馬が…」2022年12月19日 閲覧
(魚拓 2022年7月2月取得 )
NEWSポストセブン「佐賀大学“お嬢様部”の活動実態を直撃取材!『お嬢様の定義をお教えしますわ』」2022年12月19日 閲覧
(魚拓 2022年7月2月取得 )
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