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結果だけ見て判断してませんか? #不妊治療と鍼灸

 はじめまして。鍼灸師の松浦知史と申します。
 「不妊治療と鍼灸」について日々学んだことをnoteに綴ろうと思い始めました。
 妊活中の方や不妊治療を受けられている患者さんの中によく並行して鍼灸を受けられる方は数多くいらっしゃいます。実際に当院に受診される患者さんの多くもインターネットなどで調べてから来院されています。

 そこで「インターネットでは鍼灸と不妊について、どんな情報が掲載されているんだろう?」と思い調べてみると、鍼灸師が発信している内容もあれば、非専門職(不妊カウンセラーや臨床検査技師の人など)の方が鍼灸のことについて解説している内容もたくさんありました。
 中にはトップジャーナルに載るような医学論文を紹介しているブログもありましたが、結果だけを伝えているケースが多く、それに基づいて「鍼治療にはエビデンスがないのが現状です」と書いてあるブログをたびたび見かけました。そもそもひとつの論文だけで、結論付けるには早いですし、結果だけを引用すると誤解を招く可能性もあります。できる限り正しい情報を発信できるようにこのnoteを書き始めました。

 今回は世界で最も権威ある医学会の1つである米国医師会が発行する国際的医学誌Journal of American Medical Association(JAMA)に掲載された論文を紹介させていただきます。


論文の紹介

 オーストラリアのウェスタンシドニー大学国立補完医学研究所(NICM)のCarline Smith氏が、大規模なランダム化比較試験(RCT)を報告しました。

タイトル

Effect of Acupuncture vs Sham Acupuncture on Live Births Among Women Undergoing in Vitro Fertilization: A Randomized Clinical Trial. 

Caroline A Smith, et al., Journal of American Medical Association(JAMA) Online, 5. 14, 2018.

 日本語に訳すと、「体外受精を受けている女性の生児出生率に対する鍼治療vs偽鍼治療の効果-ランダム化比較試験(RCT)による検討-」となります。

まずは結果を見てみましょう。


生児出生率は鍼治療群18.3%(74/405人)、偽鍼コントロール群17.8%(72/404人)で、両群間で統計的に有意差はみられず、体外受精(IVF)による不妊治療を行う前後に鍼治療を受けても、生児出生率を高める効果は期待できないとしている。


 この結果だけを見てしまうと「鍼を受けても意味がない」と判断されてしまうかもしれませんが、大切なことはこの論文を吟味することにあります。
 それでは論文を日本語に翻訳したので研究の内容についても一通り目を通していきましょう。

研究の内容

研究参加者の基準

 新鮮胚移植(IVF)または顕微授精(ICSI)を受け、鍼治療を受けていない18~42歳の女性で、凍結胚移植やドナー卵使用者等は除外しています。

研究の実施場所と期間

 研究は、オーストラリアとニュージーランドの16カ所の不妊センターで行われ、研究の時期は、2011年6月~2015年10月末(フォローアップ期間は、2016年8月)でした。

研究の参加者と評価方法

 研究参加者は、鍼治療群(424人)、偽鍼治療群(424人、対照群)にランダムに割り付けられ、治療を実施し比較しました。主評価(メインアウトカム)は、生児出生率(数)です。

鍼治療について

(1)初回の鍼治療の時期は、卵巣刺激ホルモン投与後6日目~8日目で、治療部位は、帰来・関元・気海・三陰交・血海(基本穴)+中医診断に基づき選択した最大5経穴で、鍼治療群は、鍼を刺入後、得気を起こし、25分間の置鍼を行いました。置鍼中に再度、得気が得られるように刺激しました。


腎虚証:気穴、太谿、腎兪、次髎、中極、命門、列欠、照海
腎陰虚:陰交、太谿、気穴、照海、志室
腎陽虚:腎兪、大巨、大赫
血虚:足三里、気穴、脾兪、腎兪、隔兪、子宮
湿/痰:中極、子宮、水道、陰陵線、水分、温溜(右)、照海(左)、気衝、大鐘、次髎
肝気鬱結:太衝、陽陵泉、支溝、合谷、公孫(右)、内関(左)
瘀血:太衝、陽陵泉、隔兪、内関、支溝、公孫(右)、内関(左)、四満、照海(右)、列欠
心の病証:曲池、然谷、太衝、曲沢、隔兪、列欠、照海、合谷
心脈瘀阻:心兪、厥陰兪、膻中、鳩尾、足三里、郄門、内関
心虚証:神門、陰郄、巨闕
脾虚証:足三里、太白、脾兪、胃兪、中脘


(2)2回目の鍼治療の時期は、胚移植日で①胚移植前と②胚移植後の2回実施しました。
①胚移植の1時間前に初期治療
治療部位は、帰来・地機・血海・太衝・関元・神門・内関・耳介部(子宮)
②胚移植後に2回目の治療
治療部位は、百会・太谿・足三里・三陰交・内関・耳介部(神門)

 初回と2回目の対照群には、鍼治療群と同時期に、Park鍼を用いて真のツボとは異なる部位に置きました。

結果

 848人(平均年齢35.4歳±4.3歳)の参加者の内、出生転帰に関するデータを入手できた809人(98.2%)で分析しました。その結果、生児出生率は鍼治療群18.3%(74/405人)、偽鍼コントロール群17.8%(72/404人)で、両群間で統計的に有意差はみられず、体外受精(IVF)による不妊治療を行う前後に鍼治療を受けても、生児出生率を高める効果は期待できないとしています。

この論文の問題点

1.対照群が有意に胚盤胞移植が多かった

 初期胚盤胞と胚盤胞移植では妊娠率・出生率が大きく違い、胚盤胞の胚移植は妊娠率が向上、従来の妊娠率20~25%に対し30~60%との報告もあります。そのため、対照群に胚盤胞移植が多く有意差が認められなかった可能性があります。

2.対照群に用いた偽鍼では差が出にくい

 非侵襲的鍼を用いて非経穴に鍼を打っていますが、これは、日本では接触鍼や散鍼に当たると言えます。接触鍼や散鍼などでは皮膚からの刺激が末梢神経から脊髄を介し、脳に伝達されてしまうので、少なからず効果が出現してしまいます。したがって、対照群に偽鍼を設ける場合には、その治療効果を検討するときの結果の解釈には注意が必要となってきます。

3.鍼治療は3回のみで短期間で終了している

 胚移植前後や卵巣刺激時など単回の治療の比較ではなく、日本においては一定のクールの鍼治療を受けたあとに胚移植前後や卵巣刺激時など追加して治療を行うことが多いです。つまり、一定のクールの鍼治療を行う加算効果が結果にどの程度影響するかについては本研究では分かりません。

この論文を読んでの私見

 海外の研究では、無治療群と比較すると、鍼治療群では妊娠率や出生率に影響を与える可能性があるものの、鍼治療群と偽鍼治療群とでは差がないという結果が多いです。今回の研究においても鍼治療群と偽鍼治療群とでは結果に差が出ませんでしたが、我々が日本で行なっている鍼灸治療は、一定のクールの治療を行うのが一般的です(1回/週の治療を〇ヶ月など)。そうした加算効果を検討しないうちに、「海外ではネガティブな結果であった」という一部分を切り取って、鍼灸は効果がないと結論づけるには早いのかなと思いました。
 また近年では、①神経内分泌系の調節、②卵胞の環境および卵子・胚への影響、③子宮に及ぼす影響、④ストレス・不安・抑うつなどの軽減など、鍼治療のメカニズムも明らかになっていることも多く、評価方法に関しても客観的な指標を用いることが今後の研究では望まれます。

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