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多嚢胞性卵巣症候群に対する鍼治療 #コクランの結果は?
鍼灸師の松浦知史と申します。
多嚢胞性卵巣症候群(polycystic ovary syndrome : PCOS)は、女性の約5~10%にみられ、一般的な不妊症の原因となっています。原因は完全に解明されているわけではありませんが、脳下垂体から分泌されるホルモンと、卵巣から分泌される女性ホルモンのバランスが崩れ、排卵が障害されると考えられています。また、PCOS女性の多くに、インスリンの作用に対する細胞の反応性が低下した状態(インスリン抵抗性または前糖尿病と呼ばれます)がみられます。
妊娠希望の有無により治療方針が異なりますが、妊娠を希望する場合には、まずは排卵誘発剤を内服します。無効の場合はFSH製剤を注射する治療を行います。また、腹腔鏡下卵巣開孔術という手術が検討されることもあります。
現在、多くの臨床研究により、鍼治療がPCOSに有効な治療法であり、臨床症状の軽減や不妊症などに有益な効果をもたらす可能性があることが分かってきました。
PCOS患者に対する鍼治療のメカニズムも徐々に明らかになってきていて、排卵障害や不妊症、インスリン抵抗性、感情の起伏、脂質代謝障害などを改善できる可能性があります(図1)。
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ここで意外だったのが、鍼治療によってインスリン抵抗性を改善できる可能性があることです。そのメカニズムも基礎研究で徐々に明らかになってきており、様々な経路に影響を与えGLUT-4にまで作用を及ぼすことが分かってきました(図2)。
![](https://assets.st-note.com/img/1720758570066-CHqpmVwVhE.png?width=1200)
この話しをすると長くなってしまうので、今回は省略したいと思います。今回は、2019年のコクランライブラリーから学んでいきたいと思います。
論文の紹介
タイトル
Acupuncture for polycystic ovarian syndrome.
日本語に訳すと、「多嚢胞性卵巣症候群に対する鍼治療」となります。
この研究の目的は、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を伴う稀発性/無排卵性女性に対する鍼治療の妊孕性と症状コントロールに対する有効性と安全性を評価することです。
検索エンジンと期間
Gynaecology and Fertility Group Specialised Register、CENTRAL、MEDLINE、Embase、PsycINFO、CNKI、CBM、VIP などのデータベースから関連する研究を特定しました。また、関連する論文の試験登録と参考文献リストも検索しました。CENTRAL、MEDLINE、Embase、PsycINFO、CNKI、VIPの検索は2018年5月現在のものです。CBM データベースの検索は2015年11月までのものです。
研究の種類
PCOS患者の稀発性/無排卵性女性に対する鍼治療の有効性に関するランダム化比較試験を対象としました。
参加者の種類
PCOS患者は18~44歳の女性で、挙児希望患者と症状軽減を目的とする患者の両方を対象としました。なお、PCOSの診断基準はESHREとASRMの合意 ( ESHRE/ASRM 2004 ) に基づいています。
介入の種類
主な介入は、鍼治療、ボディーニードル、低周波鍼通電療法でした。対照群は、偽鍼、無治療、運動療法、PCOSに対する従来の治療であるクロミフェンおよびDiane‐35でした。
評価
主要評価項目:生児出生率、多胎妊娠率、排卵率
副次評価項目:臨床妊娠率、規則的な月経周期の回復、流産率、有害事象を評価しました。
対象研究におけるバイアスのリスク評価
図3、図4を参照してください。
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結果
検索結果
1,263件の論文から、厳密な選択プロセスの結果、8件の研究が最終解析に組み入られました(図5)。
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研究デザイン
8件のランダム化比較試験を選択しました。オーストラリアと中国で1件の(Lim 2014)、スウェーデンで1件(Jedel 2011)、米国で1件(Pastore 2011)、中国で3件(Cao 2017、Du 2011、Jin 2016)、スウェーデンで1件(Johansson 2013)、中国で1件の多施設試験(Wu 2017)が実施されました。
参加者
この試験にはPCOS患者と診断された1,546人が参加しました。この内、挙児希望患者は1418人と、症状軽減を目的とする女性128人でした。
介入方法
8件のうち5件は、鍼治療と偽鍼治療を比較しました。介入の詳細は以下の通りです。
徒手刺激と低周波電気鍼:Jin 2016, Johansson 2013, Pastore 2011, Cao 2017, Wu 2017は固定された経穴に徒手刺激と低周波電気鍼を組み合わせて使用しました。
徒手刺激のみ:Lim 2014は徒手刺激のみで鍼治療を適用しました。
交互に使用された鍼治療ポイント:Johansson 2013とWu 2017は2つの異なる経穴を交互に使用しました。
対照群の手順:
リラクゼーションセッション:Johansson 2013では、対照群の参加者に同じ治療者による同じ長さのリラクゼーションセッションを提供しました。
排卵誘発剤:Wu 2017では、参加者を①鍼治療+クロミフェン、②鍼治療+プラセボ、③対照鍼治療+クロミフェン、④対照鍼治療+プラセボのグループに割り当てました。クロミフェンとプラセボを受けた参加者はメタアナリシスで両方のグループにまとめて分析ました。
Jedel 2011では低周波鍼通電療法と運動療法、無治療を比較しました。①鍼治療群は、参加者は定期的に研究者と会い、低周波電気鍼治療を受け、②運動療法群は、参加者は研究者と一度だけ会い、その後毎週電話連絡を受けました。③無治療群は、参加者は電話での情報提供のみを受けました。
Du 2011では、鍼治療と従来の治療(排卵誘発剤)とで比較しました。①鍼治療群は、月に1度の治療を3回実施し、対照群は、クロミフェン50 mgを5日間毎日服用し、無月経の場合は、治療の前にプロゲステロンを使用しました。
Cao 2017、Jin 2016では、鍼治療とDiane-35とで比較しました。Cao 2017では、鍼治療群は12週間にわたって週2回の治療を受け、Jin 2016では、治療は3ヶ月間にわたって週3回実施されました。対照群は、Diane-35を3サイクル、1日1錠、21日間服用し、7日間の休薬しました。月経または消退出血開始5日目から治療を開始しました。
1.鍼治療と偽鍼治療との比較
3つの研究で比較されました。
主要評価項目
・生児出生率、多胎妊娠率:エビデンスの質が非常に低く、結果が不正確であったため、偽鍼治療と比較して鍼治療の効果は明らかではありませんでした。
・排卵率:図6を参照してください。
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副次評価項目
主要評価項目と同様の理由で、鍼治療の効果が明らかではありませんでした。
・臨床妊娠率、流産率:エビデンスの質が非常に低く、結果が不正確であったため、偽鍼治療と比較して鍼治療の効果は明らかではありませんでした。
・定期的な月経周期の回復:Lim2014は治療前後における月経間隔日数の差を報告しました。その結果、偽鍼治療と比較して、月経間隔日数が改善した可能性があります(MD –312.09 days, 95% CI –344.59 to –279.59; 1 RCT, 141 women; low‐quality evidence)
・有害事象:鍼治療は41〜52%の有害事象であったのに対し、偽鍼治療は40%でした(図7)。
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2.低周波鍼通電療法と運動療法または無治療との比較
Jedel 2011では低周波鍼通電療法と運動療法を比較しました。
主要評価項目の評価は行っておらず、副次評価項目の定期的な月経周期の回復と有害事象のみを報告しています。
副次評価項目
・定期的な月経周期の回復:低周波鍼通電療法群は運動療法群と比較して、32週間後の月経頻度は改善しませんでした。また、無治療群と比較しても同様でした。
・有害事象:低周波鍼通電療法群は、皮膚紅斑3例、めまい1例、嘔気1例が認められました。
3.鍼治療とリラクゼーションセッションとの比較
Johansson 2013は週2回の鍼治療と、同施設内でのリラクゼーションセッションを行いました。
主要評価項目の評価は排卵率のみであり、副次評価項目の評価は含まれていませんでした。
その排卵率に関しても、エビデンスの質が非常に低く、排卵率を改善するかは不明でした。
4.鍼治療と従来の治療法(クロミフェン)との比較
Du 2011は鍼治療と従来の治療法(クロミフェン)を比較しました。
主要評価項目の評価の中に含まれる排卵率に関しては、治療中の排卵回数は記述があったものの、排卵がなかった女性の人数も含めて報告されていなかったため、排卵率を計算するとができませんでした。
副次評価項目
・定期的な月経周期の回復:3ヶ月の間に3回の正常な月経があることを月経の回復と定義しました。治療期間中、鍼治療群は14/30人が正常な月経周期となり、クロミフェン治療群は11/30人でした。また治療終了後1ヶ月の時点では、24/30人が正常な月経周期となり、クロミフェン治療群は16/30人でした(RR 1.50, 95% CI 1.03 to 2.19)。
・有害事象:鍼治療群では軽度の皮下出血が3例、クロミフェン治療群では軽度の胃腸障害が報告されました。
5.鍼治療と従来の治療法(Diane-35)との比較
Cao 2017とJin 2016は鍼治療とDiane‐35を比較しました。なお、この対象は症状軽減を目的としたPOCS患者でした。
主要評価項目の排卵率についてはエビデンスの質が非常に低く、鍼治療がDiane-35と比較して、排卵率を改善したかは不明でした。
副次評価項目
・定期的な月経周期の回復:エビデンスの質が非常に低く、鍼治療とDaine-35を比較して規則的な月経周期に改善させるかは不明でした。
・有害事象:鍼治療群で軽度の皮下血腫が1例(Jin 2016)および2例(Cao 2017)が報告されました。Daine-35治療群は嘔気2例(Cao 2017)、頭痛1例(Cao 2017)、消化器系症状1例および体重増加(Jin 2016)が報告されました。
この論文を読んでの私見
本研究では、PCOS患者と診断された1,546人が参加し、鍼治療の有効性と安全性を評価しました。鍼治療と偽鍼治療を比較した研究が5件、低周波鍼通電療法と運動療法および無治療を比較した研究が1件、鍼治療とクロミフェンを比較した研究が1件、鍼治療とDaine-35を比較した研究が2件ありました。
結果として、エビデンスの質が中程度~非常に低いものまであったため、鍼治療と偽鍼治療を比較した場合、その結果が不正確であったため、偽鍼治療と比較して鍼治療の効果は明らかではありませんでした。ただし、鍼治療によって規則的な月経周期に改善した可能性があります。
本研究に含まれる研究の問題点はいくつか挙げられると思います。
1.主要評価項目を十分に扱っていなかった
主要評価項目である生児出生率や多胎妊娠率を報告した研究は1件のみでした。また、8件のうち5件は排卵率を報告していますが、排卵率の測定方法には研究間での異質性が認められました。鍼治療の安全性に関しても鍼治療と偽鍼治療の比較における有害事象に関するデータが不十分でした。
2.バイアスのリスクが高い
本研究では8件のRCTを対象としましたが、そのほとんどがサンプルサイズが小さかったです。また、8件のうち7件の研究は、バイアスリスクが高く、エビデンスの質も非常に低い~中程度のものなど様々でした。統一された測定方法、結果の報告もされていないため、鍼治療の効果も明らかにすることはできませんでした。
英語や中国語以外のデータベースは検索されていなかったため、それ以外の言語で発表された研究はレビューの過程で特定されませんでした。検索で同定されなかったデータも含めると結果が異なる可能性もあります。
研究を行うにあたって、既報を調べ、評価項目とその測定方法、またその評価を行うことの妥当性などを把握することが重要です。質の高い研究が今後行われることが望まれます。