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慢性疼痛に対する鍼灸治療/今後の多施設共同研究に向けてのUpdateを目的に

はじめに

 2021年6月に『慢性疼痛診療ガイドライン』が発刊され、ここには鍼灸の記載があります。今回から新たに「統合医療」の章が加えられ、「鍼灸治療は慢性疼痛に有用か?」というクリニカル・クエスチョン(CQ)が設けられました。推奨度は2(弱):施行することを弱く推奨する(提案する)、エビデンス総体の総括はC(低い)です。EBMの実践において鍼灸という選択肢が目に見えるところに現れたという意味で一歩前進と言えます。

 これまで原因不明の肩痛、腰痛、膝痛といった筋骨格系の痛みは西洋医学の医師の日常診療においてよく遭遇するものの、長らく鎮痛剤で経過観察の対応がなされることが多かったのが現状です。さらに、日本における鍼灸治療のリアルワールドデータの収集は困難であるとされてきました。しかし、今回、臨床家・研究者・データの専門家らがタッグを組むことで「症例データベース」の構築が実現可能なところまで来ました。

 地域における開業鍼灸院では、どのような患者さんに、どのような施術が行われていて、どのような効果を期待できるのかを発信し、地域医療の中での役割を明確に示していくことが重要です。この課題の解決策のひとつとして「症例データベース」を構築することにあります。当院においてもこの研究に参加する予定でいます。そのため今回は、慢性疼痛に対する鍼灸治療のUpdateを目的に学んでいきたいと思います。

慢性疼痛に対する鍼灸治療

  • 慢性疼痛は、鍼灸治療の主な対象のひとつです。

  • メタアナリシスにより鍼灸はShamや鍼以外のコントロールよりも慢性疼痛に効果があることが述べられています。

・正しい経穴の位置での鍼治療の特定の効果以外の要因も治療効果に大きく寄与しますが、鍼治療後の痛みの軽減はプラセボ効果だけで説明することはできません
・治療の内容よりも対照群によって結果が左右される可能性がる

Vickers et al. J Pain. 2018; 19(5): 455-474.

 こうした背景がある中、これまでの慢性疼痛に対する鍼灸臨床研究について、どのような研究が行われているのか?また、どのような治療(介入)が行われてきたのか?について学んでいきましょう。

PubMedによる対象論文の検索


検索戦略

キーワード:(acupuncture or moxibustion)and(pain)not(cancer)not(acute)
期間:2017~2021年
論文のタイプ:Clinical research、Randomized controlled trial
言語:英語、日本語

結果

 340本が抽出された


医学中央雑誌による対象論文の検索


検索戦略

検索語:「鍼 痛み」および「灸 痛み」で統合検索を行った
期間:2012~2021年
絞り込み条件:原著論文、成人、高齢者、ランダム化比較試験、準ランダム化比較試験、比較研究

結果

 111本が抽出された


対象論文の絞り込み


除外基準

 Abstract、本文より以下の者は除外された

  • 3ヶ月以上の痛みと明記されていないもの

  • 小児を対象としたもの

  • がん関連の痛み

  • 周術期の痛み

  • 婦人科系の痛み(陣痛、月経困難)

  • 特殊な器具を使用しているもの

  • 痛みの評価がされていないもの

  • 本文が入手できなかったもの

結果

 計67本が対象となった(PubMed59本、医学中央雑誌8本)


対象となった痛み・疾患(n=67)

 筋骨格系の痛みが多いが、様々な疾患がその痛みの対象となっていた。

研究結果のまとめ

 有効(42本、63%)、比較群と比較なし(19本、28%)、無効(6本、9%)であった。つまり、約90%で何かしらの効果が認められていた。

設定された対照群の内訳(n=67)

 Shamを用いた研究が最も多かった。

片頭痛に対する鍼治療の研究

対象:18歳~65歳、前駆症状のない片頭痛患者
群分け(患者数):
 ‐ 鍼群(n=83) 風池・率谷+上下肢より2穴 得気あり
 ‐ Sham鍼群(n=80) 上下肢の非経穴4ヶ所 得気なし

 ‐ 待機群(n=82) 

使用鍼:直径0.25mm × 長さ25-40mm
通電刺激:2/100Hz、30分
治療回数:20回(平日5日間 × 4週間)
主要評価:頭痛発作頻度の差〔ベースラインvs割り付け後16週時点〕
痛みの評価:Visual analogue scale(VAS)

片頭痛に対する鍼治療の効果

・片頭痛の発作頻度は鍼群において他の2群より有意に低下した
・VAS値も鍼群は他の2群より有意に低下した
・鍼群はSham鍼群や待機群と比べて片頭痛の再発の減少に関連している

Zhao et al. JAMA Intern Med. 2017; 177(4): 508-515.

Shamを用いた研究について

Shamを用いた研究の結果(n=27)

 鍼のほうが効果的であったのは、17本(63%)で、鍼とShamの効果に差はないとしたのは9本(33%)、その他が1本(4%)であった。

用いられたShamの方法(n=28)

 非経穴が14本(50%)で、刺さない鍼が12本(43%)、Sham laserが2本(7%)であった。つまり、Shamの方法は研究ごとに様々であり、統一はされていない。

Shamの問題

・皮膚分節の重なり合った場所に本物とShamの鍼をするという研究は、鍼の効果については平凡な、あるいは否定的なイメージを作り出すのに役立っている
・鍼治療とSham鍼治療の比較試験において、Sham鍼を刺す場所は重複しない皮膚分節に位置することが望ましい

Ots et al. Acupunct Med. 2020; 38(4): 211-226.

 対照群の設定に関しては、行われる鍼灸臨床研究の特性によって吟味する必要があるものと考えられます。

 次にどのような治療(介入)が行われているのか見ていきます。

治療内容について(STRICTA)

 STRICTA(Standards for Reporting Interventions in Clinical Trials of Acupuncture)とは、鍼の臨床試験における鍼治療群や対照群について、最低限記載しなければならない事項を規定している基準のことです。2001年に発表され、2023年現在、改訂STRICTA(2010)が最新版です。

STRICTA日本語訳

STRICTAで求められている記載項目

 今回はSTRICTAで求められている記載項目のうち以下のマーカー部分について触れていきます。

1.治療方式(n=74)

2.治療に使用された部位について

 遠隔のみを用いた治療はほどんどなかった。

局所治療と遠隔治療を比較した研究

対象:20歳から65歳、手根管症候群の患者
群分け(患者数):
 局所鍼群(n=28) 患側の外関-大陵(鍼通電)、前腕の3穴(得気)
 遠隔鍼群(n=28) 健側の三陰交-中封(鍼通電)、下腿の3穴
 Sham群(n=28) 非経穴の患側の前腕(偽鍼通電)・健側下腿

研究の概要

使用鍼:局所鍼・遠隔鍼群:直径0.20-0.25mm × 長さ20-40mm、Sham鍼群:Streitberger鍼
通電刺激:2Hz、20分
治療回数:16回(3回/週×3週間、2回/週×2週間、1回/週×3週間:計8週間)
臨床評価:
 Boston Carpal Tunnel Syndrome Questionnaire(BCTQ)をベースライン vs 治療後 vs 3ヶ月後
 正中神経の神経伝導潜時をベースライン vs 治療後

結果:

BCTQスコア

・治療直後:すべての群において有意に低下
・3ヶ月後:局所・遠隔は大幅な改善を維持
       Sham群は改善の傾向のみ維持

Maeda et al. Brain. 2017; 140(4): 914-927.
正中神経の伝導潜時の変化

・本物の鍼群(局所・遠隔)は有意に減少
・Sham群は有意な変化なし

Maeda et al. Brain. 2017; 140(4): 914-927.

3.置鍼/通電時間

 20分から30分が61%を占めた。

置鍼時間についての研究

 痛み関連脳領域における繰り返し経穴刺激によって引き起こされる慣れ効果についてMRIによる検討が目的の研究です。
対象:20歳から32歳、健常者ボランティア40名
鍼をした場所:足三里、40分間に6回刺激を繰り返した

使用鍼:直径0.30mm × 長さ25mm
通電刺激2Hz、0.2mA

研究概要

繰り返し経穴刺激で引き起こされる慣れ効果について

・開始時はポジティブな脳の反応が見られたが、終了時にはネガティブになっていた
・繰り返しの鍼刺激による慣れ効果は痛み関連領域に見られた
この領域の活動低下は痛みを減らし、痛みの閾値をあげることができるかもしれない

Li et al. PLoS One. 2014; 9(5): e97500.

4.使用鍼の直径

 0.25mm(5番鍼)と0.30mm(8番鍼)で56%を占めた。

鍼の直径の違いについての研究

対象:20歳から60歳、慢性腰部筋筋膜性疼痛症候群の患者
群分け(患者数):
 直径0.25mm群(n=16)
 直径0.50mm群(n=16)
 直径0.90mm群(n=16)

左:直径0.25mm、中央:直径0.50mm、右:直径0.90mm
腰部筋筋膜痛に対するドライニードル(直径0.90mm)治療風景

鍼の方法:普段痛む場所やtwich反応があった場所、最大の圧痛点に達するまで刺入、20本使用し、置鍼時間は10分
治療回数:1回
痛みの評価:VAS 治療前、7日後、1ヶ月後、3ヶ月後
健康状態の評価:Short-From 36(SF-36)

結果:

鍼の直径の違いによる評価の変化:VAS
鍼の直径の違いによる評価の変化:SF-36

・3群ともベースラインに比べるとすべての期間において痛みは有意に低下した
・0.25mm群と0.50mm群の痛みはすべての期間で有意差はなく、同じ程度に改善した
・治療後3ヶ月時点でのVAS値の比較で有意差があったのは0.50mm群と0.90mm群間であった
・SF-36は3ヶ月時点で3群とも改善しており、群間に有意差はなかった

Wang et al. Am J Phys Med Rehabil. 2016; 95(7): 483-494.

5.治療頻度

 1回/週~2回/週が53%を占めた。

治療頻度についての研究

対象:45から75歳、変形性膝関節症の患者
群分け(患者数):
 3回/週群(n=30)
 1回/週群(n=30)

使用経穴:
 必須5穴 犢鼻、膝眼、曲泉、膝陽関、圧痛点
 補助3穴 経穴理論に従って22穴より選穴
 鍼通電 曲泉-膝陽関、補助2穴

使用鍼:直径0.30mm × 長さ25mmか40mm
通電刺激:2/100Hz、0.1-1mA、30分
治療期間:8週間
主要評価:反応率 ベースライン vs 8週間時点
 Numerical rating scale(NRS)≧2points低下
 WOMAC function≧6points低下

反応率:
・8週時点で有意差はなかった
・4週と16週時点では3回/週群のほうが有意に高かった

NRSとWOMAC function
・3回/週群のほうが有意な改善を示した

Lin et al. Pain. 2020;161(11): 2532-2538.

最後に

 慢性疼痛に対する鍼灸臨床研究について、どのような研究が行われ、どのような治療(介入)が行われてきたのかを設定された対照群、治療内容(STRICTA)を中心に概説しました。
 質の高い研究が多くみられるようになってきており、2021年6月の『慢性疼痛診療ガイドライン』には鍼灸が記載されるようになってきました(推奨度は2(弱)、エビデンス総体の総括はC(低い))。こうした過去の文献などを参考に治療方法を組み立てれば、効果がある鍼灸治療を施せる可能性が高く、再現性も認められると思います。また、エビデンスを正しく運用したほうが効果がさらに高くなるといったエビデンスを確立していくことも重要だと感じました。

 今後、より鍼灸の臨床試験の特性を理解した上での臨床研究が行われることが望ましく、参加予定の筋骨格痛を対象とした研究には大きな期待が寄せられています。それは、今まで困難とされてきた「症例データベース」が構築され、鍼灸院ではどのような患者さんにどのような施術が行われていて、どのような効果が期待できるかが分かるようになれば、地域医療の中での役割を明確にすることができる可能性があるからです。

 まだ、クラウドファンディングは続いていますので、ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

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