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15歳の流した涙との違い

わたしが一人っ子の鍵っ子で
本の虫だった事は
過去にも何回も書きました。

1人のわたしの心を楽しませたり
癒してくれたり
わたしがわたしで無い
異次元の世界に誘ってくれるもの。

そんなわたしが
そんな切ない最後で終わらないでくれと
ハッピーエンドであって欲しいと
号泣が止まらなかった本があります。
わたしの読む本のジャンルが大きく変わった
きっかけになった本でもあります。
それはわたしが高校生の時、15歳でした。

塩狩峠  著者:三浦綾子 

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不思議だなぁと思うのですが、
その時はキリスト教とか
クリスチャンの方はわたしの周りには1人だけでした。
にしても、宗教について話す事もありませんでしたし、信仰がどんなものか
当時のわたしは
想像が出来なかった、が正直なところです。
それが今は
職場はキリスト教が母体の法人。
海外に出た事で沢山のクリスチャンの友達が居て、聖書も、新旧と読みました。
15歳のわたしが読んだ時とは
違う見方が今は出来るでしょう。

わたしが15歳のクラスでは
漫画『あさきゆめみし』が流行っていました。
理由は凄く単純で
古典の光源氏が理解出来ねぇ( ´ ▽ ` )💦💦
古典の先生がそんな私たちを見て
『これ読んで見てごらんよ』と
貸してくれたのがきっかけです。

自分が生まれる前に発行されている本で
作者の三浦綾子の事も知りません。
時代背景も明治で、
大正生まれの祖母の時代に近いのかなぁと
読み始めました。

主人公の永野信夫は、東京生まれ。
実母は自分を出産後死亡したと、父方の祖母、トセから言われて育ちます。
しかし、トセの死去後、実は母、永野菊は生きており、しかもキリスト教を嫌うトセから追い出されてもなお、信仰を貫くために生まれたばかりの息子を置き去りにしたと知り、信夫もキリスト教を嫌うようになります。

信夫は小学生の時、吉川修という大親友が出来ますが、吉川は親の借金のため北海道へ引っ越してしまいます。
吉川には、ふじ子と言う妹がいて、彼女は生まれつき身体が弱く足に障害があります。

吉川と信夫は文通を続け、東京と北海道と離れていても親友で居続けます。
信夫は旧制中学校を卒業後し、裁判所の事務員として働き出すのですが、幼馴染が窃盗と傷害で逮捕され囚人として再会するなど、様々な人の変わりぶりを目の当たりにします。

その後、信夫は吉川の勧めで北海道へ移り、鉄道会社に就職するのですが、上司の勧めで別支店に転勤し、そこで出会ったクリスチャンや父母、そしてのちの妻となる、吉川の妹、ふじ子の影響を受け、キリスト教を信仰するようになります。

わたしは読んで、信夫と自分の重なる部分に共感を持ちました。
わたしの母も記憶が無い時に居なくなっています。
信夫の母、菊は姑から追い出されても、生まれたばかりの我が子と離れる事になっても、信仰を捨てませんでした。
読み進めると、菊は悪い人ではないのですが、
どうしても実母と重ねてしまい、子どもより信仰を選ぶ菊の気持ちが理解できませんでした。
人を愛せと問う信仰なのに、愛すべき我が子はおざなりか、と心がもやついたのを覚えています。
また信夫とふじ子のお互いを想う淡い気持ちも新鮮でした。
恋愛から遠く、バサバサしたわたしは、病気がちで足も不自由なふじ子が羨ましいとさえ思ってしまうくらい、2人のやりとりはみずみずしく、それでいて時折ふじ子の命が危うい様に、どこか綱渡りの様にハラハラしたものでした。

信夫が北海道に移る事を決めたのも、そこからまた旭川市という別の支店へ異動したのも、必然的な偶然だった様に思います。
15歳のわたしは、まだまだ知る事もありませんが、人はそんな必然的な偶然に生きていれば出会う事を知った今のわたしは、決してこの偶然の出会いを悲劇の始まりだとは思いません。
でも15歳のわたしは、これが全ての悲劇の序曲であると思っていました。

信夫がキリスト教を信仰するのは、レールの様に敷かれたものだった気がします。
嫌いだ、と思う事に人は何故か敏感に反応するからです。
見なきゃいいと思うネットの炎上などがそうです。嫌いだとしながらも、自ら探しに行く人もいます。
信夫も嫌いと思いながら、実母の菊や、父、貞行と接するうちに信夫には信仰への土台が出来ていった様に感じました。
1番大きな影響を与えたのは、やはりふじ子だと思います。
死を覚悟する様な毎日を、人を羨む事もなく笑顔で生きているふじ子の支えがキリスト教の信仰でした。
伝道師の伊木との出会いもありますが、ふじ子の信夫だけでなく、誰もを思い遣る心の深さと温かさの根底に信仰があると知り、信夫もクリスチャンになるのです。
うちは浄土真宗で、九州では至って普通な家庭でした。月命日に坊さんが参りに来るくらいで、信仰など考えたことすらありませんでした。
都合が良い時だけ、テストの時だけ神様頼りな、ありきたりの15歳でした。

信夫とふじ子は、幼い頃からの淡い想いを大切に育み、結婚を決めます。
ふじ子が元気になり、2人が一緒になるのは話の流れから見えていたものの、『あぁ、2人が共に幸せになる』と言うエンディングを思い描くと本当に嬉しかったです。
信夫も、ふじ子も苦労してきたんだ、だから幸せになるべきだと。

しかし、物語はそんなエンディングではありませんでした。
ふじ子との結納の日、信夫は旭川からふじ子の住む札幌へと鉄道で向かうのです。
その途中、ちょうど塩狩峠の頂上に差し掛かった時、信夫が乗る最後尾の車両の連結が外れる事故が起きてしまいます。
信夫は乗客を守るため、レールへ飛び降り、自らの身体で電車を止め、乗客全員の命を救うのです。
躊躇なくレールに飛び降りた信夫は32歳でした。

私はこの本をクラスで読んでいたのですが、嗚咽が止まらないくらい号泣したのを覚えています。
クラスメイトが、わたしの様子を見て『ただごとじゃ無いな』と直ぐに保健室に連れていってくれたのですが、わたしは泣くことを止めることが出来ませんでした。
あれほど大切で好きだったふじ子との、2人のこれからの未来がもう見えていたのに…。
何故、信夫が死ななければならなかったのか…。
幸せになるべき人が、何故新たな苦しみを背負うのか…。
わたしは泣くだけ泣いたと思ったのに、これが実話だとあとがきで知り、また泣いたのです。

北海道に行きたいな、と思いました。
2人が生きた土地を見たいな、って。
たまたまですが、わたしの高校の修学旅行先が北海道で、その夢は1年後に叶いました。
塩狩峠には行きませんでしたが、札幌の時計台を見た時、ふじ子たち2人も見ただろうかと想いを馳せました。
自然豊かで、九州のそれとはまた少し違う景色に、その後のふじ子は幸せに生きただろうかと考えていました。

わたしの嗚咽号泣事件もあり、クラスメイトで塩狩峠が流行り、皆で号泣しあった思い出があります。
これはハッピーエンドであって欲しかったと、皆で話すたびに泣いたものです。
それから、わたしは三浦綾子の本を全て読みました。
彼女の書く本に、信仰の強さを知るたび、
『信仰とは何だろう』と言う疑問にぶち当たるのです。

24歳でカナダへ飛び、大恋愛を経験し愛する人を事故で失ったわたしは、今の今まで、この本の事を忘れていました。
わたし達の恋愛や彼が亡くなった事を、信夫とふじ子に当て嵌める気はサラサラありません。
何故なら、わたし達は全く違うからです。
奇しくも彼も32歳でした。
しかし誰の命も助けていませんし、わたしも病弱で生死を彷徨う様な生い立ちではありません。
しかも大きく違うのはわたし達は信仰が無いと言う事です。
彼もヨーロッパ系でしたが、あまり熱心ではありませんでしたし、わたしも前に書いた様な有様。

この本を読むまで、わたしは、物語は裏切らないと思っていました。塩狩峠は実話が元にありますが、三浦綾子の書く物語は、どれも必ずしも物語はハッピーエンドでは無いと、強烈なインパクトをわたしに与えました。
努力が報われない事、苦労してきた人が必ず表舞台には立てない事もあるのだと、そんな事実を突きつけられる本でした。

15歳のわたしは信仰や、人の死がもたらす事を理解出来ず、ただ理不尽だと、彼らこそが幸せになるべきだと思い号泣しました。
けれど
今、読み返すと、違う涙が流れます。
それは悲しみではなく、大切な人が居る、居た、と言う人生の有り難さの涙です。人と人とが出逢うと言う幸せの涙です。
信夫が北海道に移ると決めた時、悲劇が始まったと思ったわたしは、まだ知らなかったのです。
人の死は悲しく切ないものです。私も長い間暗闇に居ましたし、今だって何かのきっかけで、当時の苦しみが蘇る事も少なくありません。
でも、それより彼と出会った事、交わした言葉、共有した時間がなによりも大切で、かけがえのない宝物だという事を今のわたしは知っています。

あの車窓からぼんやり眺めながら思った、『ふじ子は幸せだろうか』と言う事。
今の私には答えられる様な気がします。
キリスト教に近い環境に居て、聖書に触れる機会も多くなりました。今のわたしはクリスチャンになる気はありませんが、時に聖書の一文はわたしの心を軽くしてくれる時があります。
きっとキリスト教だけでなく、全ての信仰がそうなのでしょう。
神がいるから強くなれるのでは無く、信仰心を持つその人自身が、信仰により強くなれるのでは無いかと思います。
まだそこは沢山分からない事がありますが…。

15歳のわたしが流した涙。
わたしに強烈なインパクトを残して、今なお、わたしを泣かせる本です。


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