普通のラーメン屋さんを「絶対王者」にしている事業モデル
埼玉県に株式会社ハイディ日高という会社があります。
とても地味な会社なのですが、その事業戦略は切れ味鋭く、20年以上にわたって増収・増益を継続しているスーパー・カンパニーです(2021年2月期は、コロナ禍によって減収・減益となってしまいましたが)。
その切れ味鋭い戦略発想は、多くの企業にとってとても参考になる部分があると考えますので、ここでご紹介したいと思います。
特に、(時に)”オールド・エコノミー”と呼ばれる業種の企業にとっては、厳しい事業環境から脱出し、再び成長軌道へ乗るための突破口を見つけるヒントになるのではないかと考えています。
ハイディ日高とは?
ハイディ日高は、ラーメン・チェーンを運営する外食企業です。
メイン・ブランドは「日高屋」という店名で、ラーメン390円をウリにする「安価で手軽な中華食堂」といった感じのお店です。駅前に絞って出店する戦略で、関東中心に約400店舗を展開しています。
簡単に同社の歴史をご紹介すると、創業は1973年。現在の会長さんが、大宮駅前(埼玉県)に5坪の小さなラーメン店を開業したのが始まりです。当時、まだ珍しかった深夜営業やちょい飲みを取り入れるなど工夫を凝らし、大繁盛店になったそうです。
その後、2号店、3号店・・・と出店を重ね、現在の430店舗、売上げ422億円(2020年2月期)、営業利益41億円(同)という規模まで成長してきました。売上げもさることながら、外食企業では珍しい営業利益率10%という高収益体質の企業です。
そして、ラーメン屋さん・中華食堂という一見、激戦の業態にも関わらず、長期の安定成長と高収益体質を生み出している同社の事業モデルが非常に秀出で、それがこの投稿のメイン・ポイントです。
以下で、そのメイン・ポイントをご紹介します。
事業モデルとその土台にある戦略
同社の事業モデルは、「集客力の高い駅前に、安定したニーズのある『安価な中華食堂』という業態を出店する」という至ってシンプルなものなのですが、実はその土台に同社を「絶対王者」にしているいくつもの戦略発想が隠れています。その隠れている部分をご紹介します。
まず大前提として、実は「駅前の安価な中華食堂」という市場カテゴリーには、高い家賃がネックになって採算をとるのが非常に難しく、参入する店舗はほとんどいないという「構造的な特長」が存在しています。この構造的な特長が、同社の事業モデルを成り立たせている出発点であり、そこに気づいた創業者の洞察力です。集客力に優れている駅前立地は激戦区なのですが、「安価な中華食堂」という市場カテゴリーは、ぽっかりと空いた空白のスペースになっているわけです。よって、そのスペースで、採算のとれる方法を見つけることができれば、独り勝ちできる市場でもあるということです。
実際、同社はその方法を見つけ、同市場における唯一の参入者として高収益のビジネスを築いています。そして、一旦参入してしまうと、「低価格の中華食堂にとって、駅前は採算がとりづらい」という構造が大きな参入障壁となって同社のビジネスを守ってくれています。この一連の仕組みをうまく成り立たせているのが、同社の事業モデルになります。
じゃあ、同社が見つけた「採算をとるための方法」とは、どのようなものなのか?
2つのポイントが肝です。
ひとつは、ニーズの異なる幅広い客層を、コンスタントに集客することで、客数、客単価、利益率を向上させているという点です。
日高屋は時間帯によって客層が異なるのですが、時間帯による典型的な客層のパターンは以下のようなイメージです。
朝 - 夜勤明けの労働者、警察官や消防士さんなどの食事 昼 - 男性サラリーマンのランチ 午後 - 学生さん達の遅いランチ 夜 - 男性サラリーマンの夕食、ちょい飲み 深夜 - 他の飲食店で働く人達や、他のお店で飲んできた人達の食事・ちょい飲み
朝から深夜まで、異なる客層の異なるニーズを持ったお客さんが来店されます。そして、夜~深夜にかけては「ちょい飲み」に対応することで客単価と利益率のアップを図っています。
朝から深夜まで切れ目なく集客できる点と、夜~深夜にかけて客単価と利益率を引き上げることができる点が、同社の高収益体質の根幹なのですが、それがそのまま通常では難しい「家賃の高い駅前で、単価の低い中華食堂を成立させる」ための根幹にもなっています。普通だと不採算になってしまう駅前に、同社だけが高収益の店舗を運営できるカギはここにあります。
もうひとつのポイントが、「あえて、こだわらない75点の中華そば」という発想です。
同社の看板メニューは「390円の中華そば」です。また、メニュー構成の主体もラーメンになっています。そのラーメンを「あえて、こだわらない75点の中華そば」として作っています。
どうしてなのか?
これは、「毎日でも食べられる、あっさりとした味」にするために、あえてこだわらず、個性を出し過ぎないレシピにしようという意図からです。これにより、上記のような幅広い客層に対応でき、「日常使いの店」として繰り返し来店してもらうことを狙っているわけです。実際、意図通りに機能しています。
加えて、「あえて、こだわらない75点の中華そば」という発想は、「駅前への出店可能性を見出す原点になっている」とも考えています。
どういうことか?
通常、ラーメン屋さんは「味」や「こだわり」で勝負されます。しかし、味やこだわりで勝負すると、商品の価格も高くなりがちですし、客層も「美味しいラーメンを食べたいお客さん」に絞られがちです。客層が狭まってしまうと、駅前で採算のとれる業態にはならなかったかもしれません。少なくとも、味やこだわりを追求する戦略をとっていたならば、「駅前にある安価な中華食堂」というブルー・オーシャンを獲得することはできなかったと思います。ひょっとして、駅からやや離れた場所で「味」で勝負するラーメン店として、レッド・オーシャンで戦っていたかもしれません。すると、店舗数430店、売上げ422億円なんて規模には、絶対になれていないと思われますし、そうした成長を生み出す高収益体質にもなっていないと思います。
要は、「ビジネスを、どのような『戦略軸』で見ているのか?」という点です。
お店の看板商品であるラーメンに対して、味やこだわりを「戦略軸」にせず、「より多くのお客さんに対応できる」「毎日でも食べられる」という「戦略軸」で考えを巡らせたことが、他社だと不採算になってしまう事業を高収益のブルー・オーシャンにしたポイントだったように感じます。そして、その戦略軸でビジネス全体を考えたことが、秀出の「事業モデル」へとつながっていると考えています。
同社の創業者である会長さんは、「駅前に宝の山があった」という表現で、駅前立地を強調されます(現在は、コロナ禍のため郊外への進出も模索されているようですが)。それは、経営者がビジネスを「どのような軸から見ているのか?」によって、経営者の目に映る風景はまったく異なるということだと考えます。多くの人には「不採算の場所」に見えた駅前が、会長さんには「宝の山」に見えた、と。「見る軸をズラす」「顧客視点でビジネスを見直す」といった基本が非常に大切だということだと考えます。
まとめ
やや繰り返しになりますが、まとめを兼ねて、同社の事業モデルから学べる点を列挙してみます。
1.既存の事業構造の中に「商機」を見つける
「駅前で、単価の安い中華食堂は採算がとれない」という構造が、すべての出発点です。こうした構造上の問題点の裏返しが、往々にして商機になるケースがあります。
また、往々にしてそうした商機を見えなくしてしまうのが、「業界にある常識」です。業界の常識を疑ったり、一度ゼロ・ベースにした上で考えたりと、思考を工夫することが、こうした「常識の背後にある商機」を見つけるコツだと考えます。
まったくの部外者にコンサルを依頼することも、そうした商機を掘り出すチャンスになると考えます。
2.「お客さんの来店動機(購入動機)から、顧客ニーズを考える」という視点
上記と少し重なるのですが、多くの場合「事業者側が考える価値」をお客さんに提供しようと努力することが一般的です。例えば、「味」や「こだわり」で勝負するのは、そういうことです。そして、そういう方向性に進むと(多くの事業者が同じことを考えているため)厳しいレッド・オーシャンが待ち受けている場合が多くあります。
そこで、少し視点を変えて、「お客さん側の動機」という視点から自社のビジネスを見直してみることも非常に効果的です(ちなみに、”顧客インサイト”といった言葉で、そうしたアプローチに注目も集まっていますが)。
お客さんがそのお店に行く、その商品を選ぶには、何らかの動機や理由があるわけで、それをお客さんの側から掘り下げてみるということです。
例えば、ランチタイムに、外回りをしている忙しいサラリーマンが、駅から少し離れているがとても美味しいと評判のラーメン屋さんではなく、駅前にある(代わり映えのしない中華そばを出している)日高屋になぜ、入るのか?
それは、「忙しくて、時間がない」「駅の向こうまで行く時間がもったいない」「今は、美味しいラーメンには興味ない」「それよりも、さくっと食べられる、知っているお店がいい」といった思考があるからだと思います。そうした「お客さんの来店(や購入)の動機」を的確にとらえることが、(当然ですが)非常に重要になります
3.収益力の高い事業モデルを設計する勘所
売上げを大きくし、利益率を高めるには、①客数を増やす、②単価を上げる、③収益性の高い商品を多く販売する、ということを実現する必要があります。
ハイディ日高の場合は、「駅前立地」「安価な中華食堂」「あえて、こだわらない75点の中華そば」の組み合わせによって①を実現し、②と③のターゲットとなるお客さんを獲得しています。その上で、早くから「ちょい飲み需要」に注目するなどの工夫によって、②と③を実現しています。
特に、「あえて、こだわらない75点の中華そば」は非常に秀出の発想なので再現性を高めることは難しいのですが、「業界の常識を疑う」「お客さんの来店動機を丹念に掘り下げる」といったことから導き出すのが王道だろうと思います。
4.独占状態をつくるための打ち手
同社は、前述の通り「家賃の高い駅前に、安価な中華食堂を出すことは不可能」という業界の構造を、うまく「自社のビジネスを守る参入障壁」として利用しています。
また、同社は株式公開をすることで、その「信用力」を高め、駅前の店舗開発を加速させています。それが、安価な中華食堂というカテゴリーにおいて「駅前の独占状態」を強化することにつながっています。
ラーメン屋さんや中華食堂の多くは、個人経営や零細企業であり、「信用力」がネックになり駅前物件を借りられないというケースがよくあります。同社は、そのハードルをさらに引き上げることで、新規参入を防いでいるわけです。
「駅前にある安価な中華食堂」という地味なオールド・エコノミー企業ですが、成長の背後には「しっかりと機能する理屈」が存在します。そうした理屈を見つけ、自社の事業に取り入れていくのが経営のひとつの仕事だと考えています。
ここまで読んでいただいき、ありがとうございました。
あと数本、「オールド・エコノミーの企業が、成長企業として活躍している事例」と「オールド・エコノミーの企業が、成長企業へと変身した事例」をご紹介したいと思っています。そちらも読んでいただけるとうれしいです。
よろしくお願いします。
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