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ムクチナートからカクベニへ荒涼の大地を歩く

ムクチナートでの二連泊の翌日私は早い目に宿を出発した
前夜地図を見てカクベニへのルートを再確認した
これからは私の前にも後ろにも歩いているトレッカーはいないのだ
地図を見ながら検討してムクチナートの町から北側に見える斜面の道を進む事に決定した

紙の地図でもその道がアンナプルナサーキットの正規の道となっている 
その他にジャルコットを経由して車道を歩きカクベニの南に出る道がある
当然車道を歩く気はない
前日も川の向こう側に散歩に出かけたのだけれどこの日はさらに下流の橋から渡る事にした
畑を縫うようにして細い道を下っていった
途中農夫と挨拶を交わした
ジョングへの道はこれでいいのかと尋ねたらそうだと答えてくれた
更に下っていった
ようやく橋が見えた
ところがその橋に来てみるとそれは完全に壊れていた

これにはちょっと驚いた
足場板は全てなくなっている
組んであった単管パイプもジョイントが外れて所々抜け落ちていた
先の方は水面ギリギリまで折れ曲がっていた

さてどうしたものか
渡るには危険だ 

これから来た道を取って返して上流側の橋から渡るのが確実で安全だ

しかし私はそういう判断はしなかった
迂回すれば時間も余分に掛かる
既にかなりの標高を下っていた
きょうはカクベニを通ってできることならジョムソンまで歩きたかったのだ

そういう判断をするのは一番良くない事だ
それは分かっている
安全を第一に考えれば当然だ

しばらく考えた
そして渡ると決断した
私は安全ではなく時間を取ったのだ

川幅に対して実際の流れの幅はそれほどでもない
しかも橋は折れ曲がって水面の少し上に横たわっているので高度感もそれほど感じない
慎重に進む事にした

両手で頭上の単管を握りしめる
足元の単管に脚を乗せるとアッサリと滑ってしまった
傾斜した単管パイプは滑りやすい
なるべくジョイント部分に靴のソールを置いて確実にグリップするように注意しながら前に進んだ
幸い背中の荷物は徹底的に軽量化しているのでバランスは維持しやすい
音を立てて水が流れる川の中央に来た時が一番緊張した
水は冷たい雪解け水だ

ムクチナートで日本人男性消息を断つ
そんな新聞記事が頭をよぎる

ジャングルジムの要領で両手を交互に伸ばして進んだ
今更引き返すわけにもいかない
慎重に慎重に進んだ

対岸にたどり着いたときにはさすがに肩の力が抜けた
あとは切り立った傾斜のどこから上に登るかだったが少し上流側から無事登る事ができた
畑を取り囲むようにフェンスが張り巡らせてあったが幸い一箇所穴が空いていた
穴が開いているということはたまには私のように通る人がいるのだ
そこを潜り抜けて少し藪を漕いだら無事道に出た
元々あった橋の基礎部分に立った
なんとかクリアーした
よかったねと率直に自分を労った

急斜面を上り詰めたら僧院があった

それは小さなジョング村を見守るように立っていた
階段を下り村に入った
時刻は既に10時
木の茂る沢沿いの道を下って私はカクベニに向けて歩き出した
途中から展望が開け林檎の果樹園の向こうには棚田が見えた

前方に目を転じると広い土の道がどこまでも続いていた

歩けども歩けどもペンペン草の生えた風景が続く
(植物の名前を知らない)
雨のほとんど降らない環境なのだろう
全てがカサカサの大地
幸い車が全く通らないので砂埃が巻き上げられることもない
左手前方に小さな池が見えた
荷物を下ろして走った

本当に小さな池だ
周りでは動物が草を食んでいる
ささやかな憩いの空間
それはとても貴重なものに思えた
そこに水があり川があるから人や動物が生きていける

私は時々ペットボトルに入った水を飲みチーズを齧り大地に放尿してはまた歩いている
太陽の光が情け容赦なく我が身に照り続ける

生産とは無縁で無意味な歩行
脆弱な私という存在
私はなんてつまらないことをしているのだろう
まるっきり馬鹿げているじゃないか
頭の中でそんな思考がグルグルと回り続けていた
意識と無関係に足だけが自動的に動いていた

#アンナプルナサーキット #トレッキング #歩く #水 #ムクチナート #カクベニ
#旅のフォトアルバム

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