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新旧の街道を歩いてカロパニへ

トゥクチェから南のラルジュンまでは単調な道路歩きが続いた
この日は少なくともラルジュン
出来ればカロパニまで進みたいと考えていた
そうすれば温泉地で知られるタトパニまではあと一日だ
そこからはゴレパニ、ガンドルク方面のトレッキングルートが始まる
正直に白状すれば道路歩きはサッサと片付けたい気分だった
この辺りは道路に並行して旧街道はあるのだが分断されたり交差している

ラルジュン村に入った
人気の少ない通りには数軒のゲストハウスがあるだけ
椅子に老人が退屈そうに座っていた
黄昏感が漂う
ここ数日午後になると空も雲りがちになり山も稜線がよく見えない
乾季に入った直後の透明感はなく春霞のような感じだ

地図を頼りに広い河原の方の道をたどった
しかし橋は見当たらない
水量の少ない時期に渡渉する道なのかもしれない
時刻は既に2時半を過ぎていた
この村に泊まる気もしなかったので道路に出て先に進むことにした
ナウリコット方面からの支流に突き当たった
道路が大きく迂回して遙か先に橋が架かっていた
ここも地図には道が記してあったので河原に降りて歩き始めた
しかしいくつかの流れを石伝いに飛びながら渡った後に大きな流れに阻まれてしまった
結局諦めて引き返すことにした
ここも冬季限定の道なのかもしれない

MAPS.MEという地図アプリは
トレッキングルートが詳細でとても便利だ
ただし時々翻弄されることがある

山の斜面をザックリと垂直に断ち切った車道が続いている

雨が降ればたちまち崖崩れが起きそうだ
こんな道路が山国ネパールでは多い
災害が毎年繰り返されても予算が少ない国なので基本的なインフラがなかなか進まないのだろう
人間が生きるも死ぬも運次第の割合が大きいなと思いながらなるべく谷側を歩くようにした

たまには牛も歩いている

そんな落石の転がる道を歩き続けて対岸のコケタニ村に向かう橋を渡った
左岸のこの道は小さな村を縫うように街道が続く
やはり舗装よりは土の道を歩く方がいい
平板の石を積んだベンチを見かけると籠に重い荷物を背負った人達がここで一休みした往時の賑やかな様子が想像された
この道は人が歩き続けた歴史が作ったものだから当たり前のことだけれども歩くのに適している

時間が遅くなってきたがダンプ村の先で橋を渡り右岸の宿泊予定地カロパニに向かった

両側に山が迫りカリガンダキ川の川幅もかなり狭くなってきた
すぐに視界が開けてカロパニの町が見えてきた

少し高台に位置するこの町はダウラギリが良く見えホテルやゲストハウスも多い
どこに泊まろうかと思いながら歩いているうちに町外れまで来てしまった

オールドナマステゲストハウスという名前の
宿に泊まる
中から出てきた人はとても流暢な日本語を話した
聞くと日本で15年働いていたそうだ
日本に出稼ぎに来てお金を貯めて故郷でホテルレストランを親族と開業する人には今までにも出会った
異国の日本に働きに出て成功するまでには苦労の連続だったと思う
ある時私の住んでいる街にもネパール人が働いて生活しているよと話したら
アーミー?と聞かれたことがある
一瞬虚を突かれた思いだった

軍人として海外に働きに出る選択肢がネパールにはあるのだ
かつてイギリス軍やインド軍に所属して戦ったグルカ兵として知られている
現在も傭兵として世界各地で働いている
危険ではあるしレベルの高い語学力も必要とされるがネパール人にとっては国内で働くよりも賃金が高く魅力的なのだ

日本人の感覚から見ればちょっと考え難い

以前パリでフランス外人部隊に所属している日本人に出会い驚いたことがある
お金だけではなく別の価値観を持って傭兵となる人もいるのだとその時は考え込んでしまった
日本という国はアジアの中では経済的には間違いなく先進国だがお金だけでは決して満たされる事がないのも人間だ
それはヨーロッパ社会も同じだろうと思う
管理社会が徹底すればするほど息苦しくも感じるのだ
不確実性と逸脱を求めるのも人のサガではないか
そうでなければこんなに大勢のフランス人やドイツ人がネパールの片田舎に押し寄せはしないと思う
ヒマラヤトレッキングの魅力だけのためではないと思うのだ
この夜は久しぶりに地酒ラクシーを一杯飲んだ

#ネパール #トレッキング #アンナプルナサーキット #出稼ぎ #傭兵

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