亡父と実印
「字が悪い」だの「五行がどうの」
直ぐに言う母に対し、父はその手に反応しなかった。
興味がなかった、言っていい。(ふぅ~ん)で終わった。
だから瞬間、真面真面と見て
「俺のは、旅行運が悪い」
言ったのを聞いた時、意外な気がした。
実印だと思う。何かの折に取り出し、彫り面(?)をしげしげと見てだ。
故郷(くに)から出てきた頃に、作ったのか?
社会人になる寸前か?結婚前後に、こしらえたのか?
経緯は知らないが、かなり古そうな艶めきがあった。
朱肉入れも特別で、銀色の表面に様々な施しがしてあった。
にしてはそれを入れる紙製の箱はダサく、青一色。中央に赤帯で、何か書かれてある。店の名前だろうか?
専門店の、恐らくは手彫りだ。
旅行運が悪い=普通の勤め人であったから、旅行には転勤先。レジャーとしての旅と同時に、辞令先の明暗も考えなくはなかっただろう。
心配するに及ばずの勤め人であったと思うが、ひょっとして思い込み。
過去の回想。
何かの本で調べたり、友人で詳しいのがいて
「ちょいとね、旅行運が」
言われたのが、廻って来たのかも知れない。
わたしも実印を持っているが、調べる気さえサラサラない。