夫婦の溜め息<掌小説>
家計簿を前にするわたしの肩越しに、珍しく夫が声を掛けた。
「ん?」
家計に対して、滅多に夫は口を出さない。
「完全に奥さんの分野。奥さんんの手腕が問われる所で、旦那がどうこういうと結局、揉めるから」
だそうで、結婚以来、3度ぐらしか口を挟んだ事がない。
その度に夫の予想通りに揉め、わたしが完全勝利を得た。
この5月で、12年目となる結婚生活であるから、大方、4年に一度。
我が家の五輪だ。
「凄いのよ、ここ半年の出費が」
100円店で買った家計簿を見せながら、わたしが答える。
スマホでやってる人も多いが、そこまで頼る気にはなれない。
「あ~っ」
夫も把握はしているようだ。
共働きではあるけども、夫の収入、全て貯金。
わたしの収入で全てを賄う。
家のローンが8万円。
週に3回お願いしている、家政婦さんへのお支払額が6万円。
家電がバンバン壊れ、買い替えの連続。
障子に畳も黄ばんでババっちくなり、業者に相談したら「セットで襖も如何ですか?」
営業トークに思わず「イエス」。自爆した。
更に更にが冠婚葬祭。
寿5件、香典5件が2ケ月前。寿2件、香典3件が1ケ月前。
何やかんやと様々が重なった日もあれば、朝・晩2回、袋を買いに行った記憶もある。
急に入院されたご近所さんが3件もあったのは、先週だ。
「にもしても多いよなァ、確かに」
疲れた笑いを夫も見せる。
ご近所さんや、お互いの仕事上のつき合い以上の、裏原因(?)。
意外な出費原因は、親戚縁者数にもあろう。
夫もわたしも兄弟が多い。
夫は七人兄弟姉妹の長男、わたしは六人姉妹の三女であるが、各々の子供達が、また多いのだ。
3人、4人は平気でいる。ウチにいないのが不思議だと、常に誰かが言って来るが、余計なお世話だ。
それぞれが今、結婚適齢期を迎え、結婚ラッシュである。
余り記憶に薄いような子でも、親族として祝ってやりたい。相当な遠方でもない限りは出もの席する。
伴い、他界する者も年々増え、香典出費も凄(すさ)まじい。
こういう時でも、悲観しないのが夫の長所である。
「秋だしなァ、、、まぁ、しょうがないじゃん」
前向きと言うか、気にしないと言うか。
つきあい始めた当初から、変わらぬ美点の1つである。他の男達とは違うと実感、結婚を思った。
「かもね」
不思議と納得、させられる。
庭の紅葉が綺麗である。夫も目をやっていた。
「会社の奴にチョコレートを貰ってたんだ。冷蔵庫に入れておいたんだけど。喰う?」
「うん。カリントウも入っていると思う。序でにコーヒーもあるといいわね」
「インスタントの粉コーヒーで良ければ、淹(い)れるよ」
「充分よ、嬉しいわ。あなたが淹れるのだったら、何だっていい。ステキ。お願いします」
「そぉ?」
半分は愛(?)、半分は操縦言葉に決まっているのに、夫は嬉しがる。
テレながら台所に向かう。
同時に固定電話が鳴る。
「はい。おうっ、文(ふみ)ちゃんか?」
文ちゃんは、わたしの義理の姪だ。夫の直ぐ上の姉の子で、双子である。
男女の双子で
「文彦、文子と命名したのよ。いいでしょう?」
義理の姉が言っていたのを思い出す。この義姉には他に3人、子供がいる。
最後に会ったのが、中学生ぐらいの時だった。
「暫くだな。元気?ママも、ヒコも、パパも。それからワンちゃんがいたろう?そーか、ワンちゃんは既にいないのか、、、」
髯(ひげ)を揺らして、夫が喋る。上機嫌だ。
「相変わらずだねぇ、ウチは。俺達も50の坂を越えちまってさ。まぁ、夫婦揃って、ここまで病気らしい病気もした事、ないんだよ。入院も手術も、奥さん共々、無縁でね。うん、そーか、そーか」
(もし、娘がいたら、こんな風に接するのだろうか?喋るのだろうか?)
横目で見ながら、ふと思う。
「で?」
真面目な一言の後(あと)。瞬間があり、激怒した。
「結婚するってぇ~っ?しかもヒコも同時に?同じ日に?」
「えっ?」
狼狽する文ちゃんの声が、瞬間だが聞こえた。
「3年後にしろッ!3年後にッ!!!!」
ガチャン!
荒々しく受話器を置く夫。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
我々は数秒、お互いの眼を黙って見た。
そして
「はぁ~っ」
大きな大きな、とても大きな。
心の奥底からの叫びのような、やるせなさだけが詰まったような。何とも言えない溜め息をひとつ、同時に吐いた。
<了>
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