【読書感想文】経済のトリセツ Instruction Manual for the Economy
山形浩生(やまがた・ひろお)さんが執筆された経済に関する雑文集を読んでみた。山形さんを知ったのは深センに関するツイートで、ハードウェアに関するエンジニアの方だった思っていたのだが、調べてみるとポール・クルーグマン、ピケティ(21世紀の資本)、ケインズ(一般理論)といったそうそうたる経済学者の著作翻訳を担当されており、経済学にも精通されている方で、さらに都市工学の修士課程も取得されているという、広範な分野で活躍されている方だった。俄然興味を持って辿り着いたのが、本書である。
構成としては、過去様々な媒体で出版されたコラムやエッセイを書籍化したもので、テーマとしては開発援助、経済学(主にケインズ、ピケティ、ポール・クルーグマン)、都市工学、排出権、人工知能といった幅広い内容である。また昔の寄稿に対して、2021年(本書を編集する時点)での著者のコメントもあって、現在から見ると結局どうだったの?との振り返りがあって面白い。個人的には、10年・20年前に執筆した文章に対する振り返りは恥ずかしすぎて絶対出来ないので尊敬できる。(歴史の考証に耐えるという文章を書ける、書く気概を持ちたい。。)
目次は以下の通りで、印象に残った章・コラムについて感想を書いておく。なお、2章・3章は、金利・インフレ・IS-LM曲線・流動性の罠などといった経済学用語の話が多いので、筆者のエッセイだけとりあえず楽しみたい!という方は1章と4章だけ読んだほうがいいかもしれません。
はじめに
1章 経済のトリセツ その1
2章 クルーグマンとかケインズの話
3章 リフレをめぐる個人史、ときどきピケティの話
4章 経済のトリセツ その2
おわりに
1章 生産性の基礎の話
生産性の比較を行うに最も平易な方法は、すべての条件と同じにして生産量(もしくはある生産量に対する投下時間)で比較する方法であり、その比較においては、高い技能=高い生産性=高い所得という関係性が成り立つ。
(本書では翻訳の例をとって説明)
しかし、生産性が一筋縄ではいかないのは、国際比較や他の職業との比較が難しいという話から、サービス業における国際比較から、そもそも賃金水準はサービス業が所属する社会における賃金水準によって決まると展開されていく。つまり、先進国と開発途上国における散髪屋やカフェの店員(この例に他意はない)の技能が大きく変わることないのに、給与水準が大きく異なるのは、所属する社会の水準によるものとする。
ではその特定社会の所得水準を大きく変動させているのは、誰なのか?というと、ソニーやトヨタといった凄まじく効率的な生産方法を確立している製造業が寄与している。さらに、同一社会においても、熟練や技能だけではなく需給によって賃金水準が決まると論じている。
一連の流れは、なんとなく分かったつもりで使っている給料が高い=生産性が高い=技能が高いという関係性は、そこまで単純な話ではないよということを教えてくれる。
需給のくだりあたりは、一般的なサラリーマンがこれからのキャリアを考える際にスキルと業界選び(≒需給)によって年収が決まっていくという関係性を改めて認識出来るので役に立つ議論だと思う。
2章 いま読むべきケインズ
2章と3章は経済学に興味がない人には苦痛かもしれないが、、それでも昨今騒がれている物価・金利・雇用(失業)・景気といった問題に、過去の経済学者がどのように問題を定義して、解決策を考えてきたのかといった歴史的な経緯を学べる『いま読むべきケインズ』と『要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論 訳者解説』の章がオススメ。
放置プレイの古典経済学(アダム・スミスの神の見えざる手)
→1930年代の世界恐慌によって顕著になる古典経済学が対応出来ない課題
→カネ(金利)の市場がモノ(財)の需要を左右するという関係性による
中央銀行(金利政策)と政府(財政出動)の重要性が指摘される
→IS-LM理論によってカネとモノの相互関係性が経済政策にも反映
→インフレや大きな政府による問題が噴出し新たなマクロ経済学が台頭
→しかし、リーマンショックによって、ケインズが再度脚光を浴びる
といった流れを押さえておくと、日々の経済や政治のことが少し理解できる・・・はず。
もっと経済学のことを深く勉強したいという方には『コンパクトマクロ経済学』著者:飯田 泰之 中里 透が本書ではオススメされています。
4 章 情報科学・イノベーション・建築と政治経済
この章は1章と同様で、幅広いジャンルのエッセイで構成されているが、1章と比べて経済学的な要素が少ない章である。その代わり、山形さんの知的好奇心溢れるエッセイが楽しめる。
下記の3つは私の琴線に触れたもの。
『人工知能はまだ自動化できない』
→2015年に書かれたエッセイであるが、人工知能の得意・不得意なことをちゃんと見抜いているし、それから7年後たった今も人間に匹敵する認知能力を持った人工知能は生まれていない。(画像処理やパターン認識はとっくの昔に人間の能力を超えているが。。)
『下手な鉄砲がイノベーションを生む』
→そもそも、山形さんのことを知ったのは深センというキーワードであったのだが、多産多死モデル・老若男女がとりあえず手を動かして作ってみるの辿り着く先がイノベーションであるというお話。深センに行ったことがない方は是非行ってみて欲しい。多分一般的な中国史観がひっくりかえるはず。
深センにとりあえず興味を持った方はこのあたりの本がオススメです。
『中高生のためのケンチク:建築と政治経済』
→建築の話から政治(民主主義的なもの)の本質、都市の構造が表すある社会の特徴、公共投資による経済(最後のエッセイでケインズモデルと関連のある話を盛り込んだのは意図的なんだろうか)や、最後にはローレンス・レッシング著作『CODE』のフレームワークから人間の行動を規制・規定する役割としての建築という話で終わる。
以前、受講した情報社会の講義で出てきたローレンス・レッシングのフレームワークと建築の繫りの発見と知見が得られたことが嬉しい。まさかと思うが、そもそもの『CODE』の翻訳者を調べてみると山形さんであった。。。大学の課題で読んだ本でお世話になっていたとは(いや、まじですごい)
このエッセイが載っている『14歳からのケンチク学』も面白そうなのでどこかで読んでみよう。