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星クズたちのバレンタイン(中編)

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目的地に着くとナツキは受付に向かった。

「あの、永谷香介の面会にきました」
「身分証をおねがいします。…ご家族の方?」
「いえ、友人です」
「あら、そう…」
驚くのも無理はない。
元交際相手3人連続殺人容疑の男に、「友人の女」が会いに来たのだから。なんのかんのと説明し面会許可を得る。
「面会には刑務官が立ち会います。携帯電話、スマートフォン等の音が出たり録音ができる機器類は持ち込み不可です」
そのほかいくつかの注意事項の説明を受けてしばらく待った後、ついに香介と面会の時間になった。

ナツキが着席してすぐアクリル板の向こうに香介は現れた。
「なに、俺に会いに来たの?」
嬉しそうな恥ずかしそうな顔で少し笑いながら香介がナツキをみる。
「そうじゃなきゃ、散歩してたら偶然ここにたどり着いたかだね」
「ナツのそういうとこ変わってないなぁ」
自然と二人の間に笑いが起きる。
目の前に座ったこーちゃんは思ったより清潔感があって元気そうだった。こんなに近くにいるのに触れることさえできない。
人を殺してもかっこいいひとはかっこいいんだなあ、とつい思ってしまいナツキは少しバツが悪くなる。
「そのワンピース、かわいいじゃん」
「でしょ?」

雑談をしにここまで来たわけではない。聞きたいことはさっさと聞いてしまおう。そう決意したナツキは単刀直入に切り出した。

「なんで私のことは殺さなかったのよ」
さあ、なんとでも言いなさいよ。そんなナツキの覚悟を無下にするかのように香介はあっさり答えた。

「お前には興味無い」
「あっ、そう」
二人の間にわずかに緊張が走る。
香介の目が泳いでいる。逃がすまいとナツキの目がそれを見つめる。

「ナツは十年間何してたの?」
さっきの話はこれでおしまいだ、と香介の目が言っている。
「興味無くても十年間何してたのかは気になるんだ」
「うるさいなぁ」
照れ隠しのように香介が笑う。
笑った顔も変わんないんだよなあ。この人が連続殺人なんて信じられない。
ナツキは深追いを諦め、互いの近況報告や昔の二人の思い出話に花を咲かせた。

「こーちゃんは何してるの?」
「俺はもうずっと本読んでるよ、他にすることないからさ」
「なに読んでるの?」
「『罪と罰』」
「ひぇ、さすがだね」
「すげーいまの俺に刺さるよ」
「そうでしょうね」
「これは殺人を犯しちゃったやつの課題図書として書かれたんだと思うわ」
「じゃあ読書感想文でも書けば」
「それいいね」
「冗談よ」

しばらく雑談した後。
「そういえば今日、なんの日か知ってる?」
もう1つの目的を思い出したナツキが話題を変えた。
「ここにいると曜日感覚とかなくなるんだよなぁ…。このあいだ二月が始まったっけ、建国記念日か?」
そうだ、こーちゃんはこういうひとだ。ナツキははっとした。
こーちゃんはバレンタインより建国記念日が先に思い浮かぶようなひとだったんだ。
そんな些細なことがナツキの胸を締め付ける。ナツキはその苦しさに思わずむせび泣きそうになるのをグッとこらえる。

「残念、バレンタインでした!」
「あ~そうか!無縁すぎて忘れてた」
「でね、チョコ買ってきたんだけど、食べ物の差し入れできないんだって。見せるだけならギリ許してもらえたから、せめて見てもらいたくて持ってきた」
「そんなの食べたくなるじゃん」
興味津々な様子で香介がナツキの手元を見守っている。
ナツキはチョコレートの箱をそっとあけた。

「うわ~すごい!宇宙だ!」
香介の反応はナツキの期待通りだ。無邪気に目を輝かす香介をみてナツキも思わず笑みがこぼれる。
「いいなあ。俺もいつかこんな綺麗なものまた食べれるのかなあ」
外に出たら食べられるよ、と軽々しくは言えなかった。

殺人犯。犠牲者3人。報道によれば「計画的で極めて悪質な犯行」。

その罪の重さは素人のナツキにだってわかる。この先香介がどうなるのか、いつか外に出られるのかなんて見当もつかない。香介も同じ気持ちだろう。

「ナツ」
「なに?」
「俺がもし外に出れたら、結婚しようよ」
「無理よ」
「なんで」
「わざわざ殺人犯と結婚しないでしょ」
そりゃそうだよなあ、と香介が笑うことを期待してナツキは軽口をたたいた。ところが香介が返事をしないので不安になりその顔色を伺うと、ナツキは自分の考えがあまりに甘かったことを悟った。

「だったらいまさら何しに来たんだよ!!」
香介がふいに立ち上がって声を荒げる。まるで檻の中から睨んでくるライオンのようだ、とナツキは思った。

「その気になりゃ、お前のことだってな…」
刑務官の視線に気づいた香介は言いかけた言葉を飲み込むと力なく再び座り込んだ。

「だったらなんで、そんなもん買ってくるんだよ…」
独り言のように香介がつぶやいた。香介の言うとおりだ。
なぜチョコレートなんて買ってきたのか。なぜ紺色の服を選んだのか。なぜわざわざこんなところまで会いに来てしまったのか。こーちゃんだって別に本当にわたしと結婚したいわけじゃない。全部、わたしのせいなんだ。
返す言葉もなくナツキは黙ってしまった。
重苦しい沈黙の中、刑務官の記録を取る音だけが響いている。

「もう帰れ」
香介が荒い口調で言い放った。
「もう帰ってくれよ…」
彼が泣きそうになっているのを察したナツキは、その泣き顔を見ずに帰ってあげようと立ち上がった。

「ありがとうございました」
ナツキが刑務官に声をかける。
「面会時間はあと6分ありますが」
「いえ、もう大丈夫です」
「わかりました。では」
振り返って最後にもう一度だけ香介の姿を見ておきたかったナツキだが、泣いている惨めな姿を見納めるくらいなら見ないほうがマシだと前を向いた。

とにかく泣かないことだけを考えてナツキは帰宅した。
チョコレートは道中で捨てようとしたが、あんな奴のために捨てられるチョコレートがかわいそうだと思い止まり持ち帰った。

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