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兄弟たちの落とし穴

「千の点描」 <第五話>

私たち四人兄弟には、それぞれ三、四歳の年齢差があった。長兄である兄も、その下の兄も、取り立てて腕力が強かったわけでも、抜きん出たリーダーシップを発揮していたわけでもない。しかし子供の世界では、兄弟の三年、四年の年齢差が、私たちの立場を有利に保ってくれた。つまり、長兄はさておいても、次兄の後ろには三歳年上の長兄が付いていて、私は四歳年上の兄の支援が期待できる。また弟には、三歳年上の私が付いているという具合に、いつも年上の兄が後ろに控えているという優位性が、年長者からの理不尽ないじめや暴力を未然に防いでくれていた。そればかりか、それが仲間内での私や弟のささやかなリーダーシップの源泉とさえなっていたのだ。
子供の仲間遊びは、ある年齢を中核に、上下一歳違いくらいの子供も何人か混じって一つのコミュニティが形成される。年齢が三歳以上離れていると、コミュニティの枠からはみ出るが、三歳、四歳くらい上までの子供は、コミュニティの先輩待遇で、何かの拍子にコミュニティに口を出すこともあった。私のいた年齢層のコミュニティに直接兄が関わると、仲間の子供たちにとって兄の存在は明らかな脅威になるが、子供の世界にもある種の不文律があって、特別なことがない限り年長者が下の年齢の子供たちのコミュニティに関与することはほとんどなかった。しかし、その場に兄がいなくても、何かトラブルが発生すると兄が登場してくるのではと子供たちが考えるのは無理からぬことで、それが潜在的な脅威になっていたのか、表立って私のリーダーシップに抵抗する子供は少なかった。
 
私たち四人兄弟は、上と下では一〇歳ほどの年齢差があるので、まず一緒に遊ぶということはほとんどなかった。しかしその日だけは、長兄もその下の兄も私たちと一緒だった。近所の子供たちが“遊び場”と呼んでいた大きな広場で行動を共にしていた。漠然とした記憶では、私たちの家で曾祖父か、曾祖母かの法事が行われていて、法事が終わり酒食が入る段にになって、子供たちは外で遊ぶように促されたのがきっかけだったような気がする。珍しく私たち四人兄弟が一緒にいるので、周りの子供たちも何となく私たちを敬遠して遠巻きに眺めていたが、やがてその子供たちもいつの間にか一人二人と姿を消し、結果的に私たち兄弟四人が水入らずで遊ぶことになった。
何を目的にそんなことを始める気になったのかはさっぱり思い出せないが、とにかく兄弟そろって落とし穴を作ることになったのだ。四人そろってといっても、実際には長兄と次兄が広場に転がっていた適当な棒切れで穴を掘り、落とし穴を作ろうとしていた。私や弟も、兄たちに命じられて申し訳程度に掘り出した土を少し離れたところに運んで捨てるのを手伝った。落とし穴の穴は、子供の悪戯にしては大きな穴で、大人は無理にしても、子供ならすっぽり入ってしまうほどの大きさだった。土が硬ければ、棒切れで穴を振るのは大変だが、意外に簡単だったことを思い返せば、あの“遊び場”は、トラックで運ばれてきた土砂を軽く均して置いてあった建設用の土砂の保管場所だったのかも知れない。

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