波多野 ふひと

私はNOTEに「crossasia」でエッセイを書いている。またエッセイと同時に、生きてきた時代を短編小説群「千の点描」として描くライフワークがある。人生は台本のない物語だが、「千夜一夜」にならって可能な限り描き続けたい。https://note.com/xasia_2309

波多野 ふひと

私はNOTEに「crossasia」でエッセイを書いている。またエッセイと同時に、生きてきた時代を短編小説群「千の点描」として描くライフワークがある。人生は台本のない物語だが、「千夜一夜」にならって可能な限り描き続けたい。https://note.com/xasia_2309

最近の記事

水の中の暗い情熱

「千の点描」 <第ニ五話> ビルの正面には、小さな三、四段の御影石の階段があった。そこを一気に駆け上がると、すでにドアそのものは跡形もなかったが、かつて二枚のドアを収めていたものと思われる上部がアーチ状の石の枠が残っている。上のアーチの部分には、日本建築でいう欄間(らんま)のように小さなステンドグラスの飾り窓があったのか、ごくわずかだがステンドグラスの金属の枠と、彩色されたガラスの断片がかつての姿を偲ばせている。その石の枠を抜けるとそのままビルの一階フロアが開けている。床は

    • 不幸な偶然

      「千の点描」<第一六話> 私は小学四年生の時に転校した。それまで住んでいた家は借家だったが建坪が八〇坪以上ある大きな家だった。私は子供だったので詳しい事情は知らないが、家主は個人ではなく父の仕事と関連していた会社で、事業資金を確保するために一等地にあるその家を売りたがっていた。丁度時を合わせるように、母の父が亡くなって相当な遺産を受け取ることになったので、それならばと一軒家を購入して引っ越すことになったようだった。 引っ越しといっても同じ大阪市内で、中之島界隈から、大阪市の

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      • 午後二時、病棟での白昼の惨劇

        「千の点描」 <第ニ三話> 病院の大部屋には六人の患者が入院していた。大部屋はほぼ正方形だが、左右の幅より奥行きの方が心持ち長くなっていて、奥の突き当りには壁面の六、七割を占める大きな窓があった。この部屋に六つのベッドが置かれている。手前の方には互いに足を向け合ったベッド二つが対になっていて、対になった二つのベッドが奥へと三列並んでいる。私は入り口側に一番近い対のベッドの左側にいて、私の一つ窓寄りのベッドに労働組合の委員長がいた。 一般の人なら労働組合の委員長と聞くと、どん

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        • 11月13日「読者の500回目スキでバッジを獲得しました!」のメッセージがnote事務局より届きました。このアカウントで短編小説を投稿して3週間あまりですが、みなさんのご愛読に支えられています。これからも、いい作品を創作したいいです。

          糺の森

          「千の点描」 <第一五話> 下鴨神社の境内の森は、太古そのままの姿を今日に伝える原生林である。地域の人たちはこの森を「糺の森(ただすのもり)」と呼んでいた。「糺の森」の“糺す”には、その語源に諸説ある.。古代日本で行われていた神明裁判(神が判断を下す裁判)の「盟神探湯(くかたち)」が行われた場所であったというのがその中の一つで、私はこの説が好きだった。容疑者に熱い湯をかけ、火傷すればそれが犯人の証拠であり、無実の人なら火傷もしないというのが「盟神探湯」で、罪を糺す場であるこ

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          特殊機関の猫

          「千の点描」 <第六一話> 「いつも、誰かに尾行されているような気がする!」と、雑賀(さいが)は神経質に背後を窺(うかが)いながら、私が開けた家の扉の隙間から囁(ささや)くように言った。今朝、長い間消息がなかった雑賀から突然の電話があって、どうしても相談したいことがあるという。だが家族にも周りの人にも言えないことなので、内密に相談したい。ついては、今から家を訪問するので、ぜひに会って欲しいということだった。偶然その日は、私一人だけしか家に居なかったので、雑賀のその申し入れを

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          特殊機関の猫

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          noteから《読者の400回目スキでバッジを獲得しました》のメッセージが届きました。みなさまの応援と、スキしていただいたおかげです。ありがとうございます。これからも引き続き創作を続け、投稿してまいります。どうぞよろしくお願いします。

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          十和田の六人娘

          「千の点描」 <第ニ一話> 京都の六波羅蜜寺には、世に知られた「空也上人像」がある。歴史の教科書には必ず登場する鎌倉時代を代表する彫刻で、「南無阿弥陀仏」という念仏が六つの阿弥陀仏になって、空也上人の口から吐き出されている様を写実的に表現した像だ。 カロちゃんは、空也上人と同じように、口から一つ、二つと仏を吐き出して、私にとりついた邪悪な霊を鎮めようとしていた。私にとりついた悪霊というのは、その道の人にはよく知られた日本の悪霊の一つで、「九尾の狐」に匹敵する超大物だというこ

          十和田の六人娘

          「彷徨える淀川」が 遥華の視点で選ぶ~ビュー増えるかも🎵に追加されました。 おもしろい、学べた、癒しなどを遥華の視点で感じた記事を集めています♪

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          蛇崩川

          「千の点描」 <第一七話> 世田谷の弦巻(つるまき)には、かつて「蛇崩川(じゃくずれがわ)」という名前の小さな川があったらしい。あったらしいというのは、川はすでに埋め立てられて、今は緑道になっているからだ。その道のどこかに緑道の由来が書かれたプレートがあって、そこにかつて「蛇崩川」という川があったことが記されている。緑道はかつての「蛇崩川」の流れそのままに、弦巻から三軒茶屋へと川の名前の通り、蛇のように曲がりくねりながら続いている。川の周辺に生えていた樹木をそのまま緑道に残

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          波多野ふひとの短編小説群、「千の点描」は、みなさまにスキをいただき、はじめてから約8日で300回のスキになりました。こんなに多くのみなさまに読んでいただけて、うれしいです。これからもいい作品を創作してまいります。よろしくお願いします。

          波多野ふひとの短編小説群、「千の点描」は、みなさまにスキをいただき、はじめてから約8日で300回のスキになりました。こんなに多くのみなさまに読んでいただけて、うれしいです。これからもいい作品を創作してまいります。よろしくお願いします。

          悪魔祓いの三人の修道女

          「千の点描」 <第四六話> かつて大阪の「梅田」に、「コマシルバー」という小さな映画館があった。ずいぶん昔の話なので、いまも存在しているかどうかは知らないが、当時はロードショーの映画館ではなく、どちらかというと少しマイナーな映画の上映館だった。当時あまり一般公開されることのなかったヨーロッパの名作映画や、社会的に物議を醸した映画、ATG(アート・シアター・ギルド)、ヌーベルバーグ系の映画が多かったように思う。映画としては国際的にも高く評価されていた作品が多かったが、一般映画

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          「ちゃうか」の小豆島

          「千の点描」 <第四四話> 月曜日、数日ぶりに「深草」にあった京阪電車の線路脇の建築現場で彼に会った。彼に対しても、彼の日曜日の行動についても、私には少しの関心も無かった。しかし、顔を合わせた時に話すことのない気まずさを和(なご)ませるために、彼に日曜日は何をしていたのかと尋ねたのだ。彼は「映画に行ったんとちゃうか!」と答えた。そして、どんな映画を見たのかと聞くと、「ジョン・ウェインの西部劇とちゃうか!」と、答えた。彼の返事はいつもまったく同じパターンだった。例えば、彼と一

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          冬の夜行列車

          「千の点描」 <第一四話> 思い返してみれば、切符を買った時に切符売り場にいた駅員が、私たちがその日最後に見た人だった。ガラス窓で仕切られた切符売り場にいた駅員が、その場で切符にハサミを入れて、椀を伏せて輪切りにしたような半月形の小さな窓から手渡してくれた。切符を手にして切符売り場から左へ回り込むように改札口に向かうと、工芸品のように丁寧に木組みされた木製の改札口があった。改札口は予想通り無人で、私たちはそのまま改札口を通り抜けて、そのまま厳冬の駅のプラットホームに向かった

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          冬の夜行列車

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          「千の点描」をはじめて約1週間。noteから《200回達成おめでとうございます! 300回「スキ」を集めると次のバッジがもらえます!》のメッセージが届きました。みなさまが作品を読んでくださったおかげです。ありがとうございます。これからもいい作品を発表していけるよう努力します。

          「千の点描」をはじめて約1週間。noteから《200回達成おめでとうございます! 300回「スキ」を集めると次のバッジがもらえます!》のメッセージが届きました。みなさまが作品を読んでくださったおかげです。ありがとうございます。これからもいい作品を発表していけるよう努力します。

          「一国一城のおやじ」

          「千の点描」 <第三一話> 長春の空港にタラップで降り立った時には空は快晴で、厳冬の吉林省も思ったほど寒くはないと多寡(たか)を括ったその瞬間、空港を這うように一陣の風が駆け寄ってきて頬にピシッと痛みが走った。おそらくマイナス二〇度くらいの温度だったように記憶している。   北京で偶然にも、中国映画界の黒澤明と呼ばれていた年配の映画監督と知り合う機会があった。彼は国策的なプロパガンダ映画の大作を多く手掛けてきた監督だった。国も違えば年齢も離れていて、これまで生きてきた世界が

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