読書メモ「サーキットスイッチャー」
安野貴博さんが書いたサーキットスイッチャーの読書感想文です。
読んで印象に残ったことを、3つ書きました。
ネタバレを含みます。
登場人物の複雑性
開発者の坂本、自動運転産業を発展させようとしたマツキ、犯人の吉岡、3者とも完全な悪とは言い切れない複雑さがある。
吉岡はカージャック犯という悪の存在である一方、技術発展の被害者でもある。差別的な判断によって妻子を失った彼が、その事実を証明し社会に是非を問おうとする姿勢や、責任追及を通じて怒りの矛先を探る点には共感できる。
坂本は、エンジニアリングへの情熱から自動運転という社会変革をもたらした。しかし、開発以外のことへの無頓着さゆえに、人命の重さをいまいち実感できていない点や、経営面でマツキによるアルゴリズム改変を許してしまった甘さがある。
マツキは一見ヒール的な存在に描かれるが、私利私欲ではなく社会の大勢を助けるために一部の犠牲を受け入れている。その未来を実現するために社会的感情と折り合いをつけた点では、絶対悪と断罪しきれない。
このように、3者三様の善悪が描かれている。
技術発展の光と影
自動運転によって、事故の減少や移動の利便性向上など、社会は大きく進歩した。一方で、被害を最小限に抑えようとするシステムの判断によって犠牲となる人々も存在する。人間であれば憎むことができるが、概念的なシステムに対する無力感や心苦しさは拭えない。
坂本によるアルゴリズムのオープン化は一見問題解決に見えるが、確率論に基づいて人命が左右される現実は依然として重い。かといって、システムを排除して人間の操作に戻すことが解決策とは言えず、この問題の答えのなさが心に重くのしかかる。
ホープパンク:希望への抵抗
技術進歩が人類滅亡につながるようなディストピア的な表現に違和感を覚えることがある。現実の厳しさに直面し、世界そのものをディストピアと諦めたくなる気持ちも理解できる。
しかし、本作の解説を通じて「ホープパンク」という概念を知り、ディストピア的状況への抵抗が希望を生むという考え方に共感を覚えた。自身の楽天的な性格や、現状への怒りを原動力とする姿勢が、この概念と共鳴する。「ホープパンク」は、今後の人生における指針となりうる重要な概念だと感じた。