今日も私は
【今日は何時ごろ会える?】
スマホに表示されたその文字を見て、時計を確認する。22:57か。シャワーは浴びたいから大体、0時には家を出れるはず。
私は『0時過ぎにはいつもの場所に行けるよ』と返信しすぐにシャワーへ向かった。急な誘いはいつもの事。自分は暇だからいつでも動けるし、こっちの方が効率が良い。シャワーを浴び終えてメイクをする。目元は少し長めのアイラインに、ブラウンのアイシャドウを重ねる。リップは今日は赤系のを付けて、胸元まで伸びている髪は、癖をストレートに伸ばして軽くトリートメントを付ける。
「ごめんね。お待たせ、待った?」
「いや、今来たところ。行こ」
今日の彼は珍しくスーツ姿だった。かっこいいなと思ったけれどそれを口に出すのは違う気がしたので
「スーツなんて珍しいね」
そう言うと彼は
「仕事忙しくて遅くなったから着替えてる時間無かったんだよね」
「でも、一旦帰ればよかったじゃん?」
「いや、早く会いたいだろ」
本人にとっては何気ない言葉でも私はその一言に舞い上がってしまう。女の扱いに慣れているというか、欲しい時に欲しい言葉をくれるというか、年上だからなのか、お酒たくさん飲めるマウントがかっこいいと勘違いしている大学生とは違う何かを彼に感じていた。
彼との出会いは出会い系。彼氏と別れてから人肌寂しくなった私は友達に相談して、出会い系アプリを勧められた。今まで全くそういう系のアプリを入れてこなかったし、正直怖い部分もあったけど、それよりも彼氏と別れてらからのこの空っぽな穴をどうしても埋めたい気持ちの方が強かった。
そのアプリは顔写真を登録して、お互いにいいねを押した相手のみとメッセージのやり取りが出来る仕組みだった。私達はお互いに何度かメッセージのやり取りをし、ご飯に行きませんかというテンプレの様な流れで実際に合う事になった。
「明日は予定あるの?」
スーツには似合わない牛丼屋さんでご飯を食べていると彼が突然聞いてきた。
「特に無いよ。大学も一応休みだしね」
「そっか、じゃあ今日は少し長い間一緒にいれるね」
「たくみ明日休みなの?」
「うん。この前の出勤分が休みになったよ」
「そうなんだ。いつもお疲れ様です。」
「なんだよそれ笑 ありがとう」
ふふっ、とお互いに小さく笑った後、そろそろ出る?という彼の言葉に頷き、私達は牛丼屋を出た。
「ふぅ~、久しぶりの牛丼も悪くないね」
「そうだね、でもたくみ食べすぎじゃなかった?」
「いや、男はあれぐらい普通だろ」
「この時間に大盛は、お腹が心配だな~」
「うるさ笑 筋トレしてるからご心配なく」
「その割にはまだお腹ぷよぷよじゃない?」
「これからだから」
ふんっ、と胸を少し前に突き出す仕草をする彼に、ねえ、やめてよ笑 と笑いながら言葉を返した。
私達は大体出会ってから1年近くが経っていた。常にこんな感じで、昼はくだらない会話を、夜は体を重ねる。
先にシャワーを浴びる私。彼はいつだって私を考えて行動してくれているのだと思う。今日の連絡だって、きっと私がこの前、相談事をしたからこうして日をなるべく開けずに会ってくれたのだと思った。不安そうな顔を見せてしまったから。きっと。
まだ乾ききっていない私の髪を優しく撫でてドライヤーをあてる。それはいつもの事で、そのままそういう雰囲気になるのもいつもの事。
そっと髪を撫でる右手が、私の頬を包み、唇に沿って親指が動く。それが始まりの合図。互いに見つめ合い、次第に近づく彼の顔。視界がぼやけ、目をつぶる。唇が重なる。優しく、温かいキスを交わし、また離れる。見つめ合って、ふふっ、とお互いに照れ笑いがこぼれる。彼の左手が私の腰に周る。引き寄せられた瞬間にまたキスをする。今度は少し強引なキス。優しく唇が重なるようなキスから、お互いの唇を甘噛みするようなキスに変わっていく。
そして彼の顔は私の首元へ移動し、ちゅっ、と音を立てキスをする。彼の髪が当たってくすぐったいけれど、それも愛おしい。私は彼の頭を撫でて彼に応える。今夜もあなたに抱かれる私だと。
「好きって言ったらどうする?」
「え?」
「だから、俺が好きって言ったらどうするって」
することも終わり、彼の腕の中で抱かれながら眠りにつこうとしていた時だった。
突然の質問に戸惑いを隠せない。
「なつみはさ、俺と出会ってよかった?」
「うん。良かったよ」
「俺も同じ」
「うん」
「それで、どう?」
「なにが?」
「好きって言ったらの話」
「うん」
「うん?」
困っている。正直。それもこれもみんな、曖昧だからだ。
「また、そんな事言ってさ。やめときなって、女の子にそういう冗談いうのは危ないと思うよ?」
「またって、一回も言ったことないけど~?」
確かに、笑 と言葉を返してそのままその後はお互いに何も言わず、眠りについた。
もし、今抱かれているこの部屋が、あなたの部屋、もしくは私の部屋だったら言えていたのかもしれない。
体に移った匂いに虚しさを感じなかったら言えていたかもしれない。
街中で手を繋いで歩けていたら言えていたかもしれない。
友達にこの事を話せていたら言えていたかもしれない。
好きって言ったらどうする?だなんてそんなズルい言葉、言わないで欲しかった。
【今日何時ごろ会えそう?】
【いつもの場所に11時かな】
【おっけ。気を付けてきてね】
【ありがとう。そっちもね】
シャワーを浴びて、メイクをする。鏡には濡れた髪の私が映っていた。首にはまだほんのりと残るキスマーク。
そっと指でなぞり
「つけるなら、見えないところにしてよね」
そう呟いては、また虚しくなった。