人助けという蜜/人は信じたいものに縋る――底辺への就職支援
「人一倍苦労している人ほど、がんばってくれます」
そういうとその母親は涙を流した。
戯言でも、信じたい人には心に刺さる言葉になる。
そういって無職ニートの青年を預かる。
母親から預かった一時金と生活費はすべて没収し、まずは肉体労働をさせる。
肉体労働の何がいいと言えば、単純に疲労困憊になるところだ。
やることは単純だ。
やれないことはない。ただ無い体力を摩耗させれば、人は簡単に思考できなくなる。
休憩時間は一分一秒でも休息に当てたくなる。
逃げ出すにも体力がいるからだ。
さらに罵声浴びせ、自己肯定感を削り、上下関係を完成すれば出来上がり。
そもそもここを出ても行くところがない。
多くの人にとって最後のよすがとなるあろう、親や実家がまっさきに自分を見捨てているんだ。
警察や国の支援や駆け込み先に書き込んだり相談するなど思いもつかない。助けを求めるにも頭がいるんだ。
時たま褒めてやればそれだけで多少は好いてくれる。
なんとまぁ単純だろう。
そして、一定期間――親にいっていた支援期間が終わったら、「会社」に渡す。
とはいってもそこもまっとうな仕事をしていない。
最近よく言う闇バイトや犯罪紛いのことをして金をかき集めるような場所だ。
そこでこういう輩は案外、重宝される。
多少肉体労働を酷使してきたので、体力と根性はついている。
摩耗した精神でいわれたことをただ、言われたとおりにこなしてくれる。
闇バイトに募集するような正真正銘の底辺や脳足らずは、手足には使えるが急に飛んだり、不真面目で怠惰だ。
一人くらいこっちのいうことに寸分たがわずに従うことがわかっているやつがいると助かるってもんだ。
「じゃあ、新しいところでも頑張ってな」
「はい。ありがとうございます」
そういって青年はここで酷使され搾取されたことをなにかを成し遂げたと勘違いして、お礼まで云ってくる。
これから勤めるのがまっとうな会社ではなく、犯罪組織の末端とは知らずに。
もし自分の人生を直視した時、この青年の心はまっとうでいられるだろうか。
そう思うと、無性に笑えてきた。
再就職の結末/寝る食う生きるだけの難しさ|ななしの23区外@ざらりとした話