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未来のミライの俳優業/生成AIは役者を殺すのか
映画、というものはいまだに続いていた。
膨大なライブラリーがあるのだが、いまだに新作が作られている。
それは映画そのもののコンテンツの魅力なのだろう。
しかし、その制作過程は一変した。
おそらく一昔前の人が見たら驚くだろう。かつての名優たちが時代を超えて出演しているのだから。
とはいえ、彼らは当然生身ではない。CGだ。
戦前の情報をもとにモデリングされ、いまだにデータ上で演技をしている。
彼らが共演する俳優たちも、すべて実在はしない。
現在において映画映像はほぼすべてCGだ。とはいえ、それらは生身の人間や実在の風景と見分けがつかない。
技術の発展は、もはや不気味の谷を軽々と乗り越え、現実そのものと同じーー少なくとも区別などつかない映像を容易に作り出せるようにした。
俳優はすべて、バーチャルだ。安価で、なににも拘束されないCG俳優だけで映画は成り立つようになった。
結果、映画の世界はすべて、CGに埋め尽くされ、「実写」という概念はなくなってしまった。
もはや映画に俳優は必要なくなり、生身の人間の居場所はなくなった。
それでも映画という娯楽は成り立つのだった
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「CGやバーチャルがどれだけ幅を利かせても、人間でないとだせないものがあるんだよ」
そう、男はうそぶいた。
そして、舞台上で演技を行う。
熱演し、情熱のすべてを舞台にぶつける。
これだけ安易な娯楽が溢れかえるなか、俳優など道楽だろう。けれども男は演じることが好きだった。俳優というものに全力を注いでいた。
そして、演技が終わるとーーーー拍手が起こった。
喝采の拍手だ。
「すばらしい!!」
「安易な映像では出せない味わいだ!」
「やはり人間の演技は違う」
そう、周囲から絶賛の声が上がる。
人々は男を讃える。讃えられ、男は舞台の上で満面の笑みを浮かべる。
パチパチパチパチ! パチパチパチ!
そうーーー人々がーーーーーー人々と見紛う映像群が、男を褒め称える。
そこに人は、男ただ1人。
人々と見紛う虚構の観客だけが、男の演技を観ていた。