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欠損人類/もう人類は絶滅しています

「やぁ、よくたどり着けたね」

 男に招かれ、部屋へと入った。
 書類や書籍が山積みとなり、雑然とした部屋。白衣を着た男はある意味イメージ通りの学者然としていた。

 私はライターだ。
 突飛な話を好む人向けに突拍子もない与太話をさも事実かのように論う雑誌の、だ。
 
 この学者然とした男は、突拍子もない説をネットに公開していた。
 それは最近続発する学者たちの突然死にまつわる話だった。

 続発する突然死は、人類の進化を邪魔する妨害工作だというのだ。

「たとえば最近、脳のデジタル化、身体のサイボーグ化などが一般的になっています。これは人間として正しいと思いますか? 
 いや、正誤や倫理を問うのとは別に。
 例えば人の意識はずっと昔は魂が、一昔前は脳が生み出すと思われていた。けれどもいまは脳みそだけで意識が完結するとは考えられていないでしょう?」

 そう20世紀ごろには脳が主役だったがその後、腸との関係や身体感覚が脳機能や意識と深く紐づいていることが分かった。

「いまの常識は未来の非常識。たとえば最近のトレンドでは自分をすべてデジタル化して不老不死を得よう、なんてあるでしょう?
 でも、その時、不要として切り捨てた部分が”もっとも重要”だったらどうでしょうか?
 
 古代でミイラを作る際、脳は鼻水を作る器官として取り除かれてしまっていた。現代の知識でいえば――そもそも復活自体を信じるかは別として――ちょっとジョークの様に思えるでしょう。

  音源をデジタル化する時、可聴域外のデータを切り落とし”無駄”を削ぐけれども、ほんとうにその無駄はまったく影響のないデータなのでしょうか?
 
 わかっていないだけでなんらか意味があるのではないか?
 
 ずっとあと、捨て去って取り返しがつかなくなった後、その重要性に気づくなんてことはないでしょうか?」

「なるほど。興味深い話です。その話が今回の突然の不審死とどうつながるのでしょうか?」

「最近続出している科学者が研究していたのが、意識の研究です。最近の上っ面の意識のデジタル化ではない。基礎研究に近い学問です。もしかしたら、それらの研究が続けば本当に人類をデジタル化を超えた人そのものを進化させることも夢ではないのかもしれない…」

「人類の進化……それを邪魔する輩がいるとでも?」

「ええ」

 面白い話になってきた。
 正直、眉唾も眉唾だが記事にはなりそうだ。

「あれですか? どこかの政府とか、宇宙人とか」

 こちらから水を向けてみた。
 すると男は笑っていった。

「いえ。私はもう。人類の進化は済んでいると思っています」
「え?」

「人類すべてが進化する際に考えると思いませんか? 肉体を捨ててもいいのだろうか? 不可逆の進化を進めていいのだろうか?
 もしかして、なにか見落としがあって問題が起こるかもしれない」

「・・・・」

「その時のバックアップに、生身の人間をプールしておいても不思議ではなくないですか?」

「それは・・・」

「もしかしたら動物園の感覚に近いのかもしれない。いま私たちの世界は、進化した人類が用意した世界――旧式の――生身の人間の保管庫かもしれない」

「・・・・」

「だったらその人類がデジタル化や進化するのは不都合でしょう? ずっと生身の人間のままでいてもらわなきゃ困るのに、自分たちと同じになってしまっては困るでしょう?」

「だから、その芽を摘んでいる・・・?」

「もしかしたら制御装置なのかもしれません。ずっととどまり続けるように進化しないように。
 もしだれかが世界の真実に近づいたり、気づこうとしたらそれを排――あ、」

「!?」

 突然、男の体が震えたかと思うと、その場で倒れ込む。

 男は死んでいた。


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