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綺麗で、醜悪な子育て

「最近、勉強はどう?」
「順調だよ、母さん」

 息子は笑顔でそう答えた。
  私も優しく微笑み返す。

 子育ては難しい。
 なんといっても相手は他人だ。
 それをどうこうしようというのだから困難なのは仕方の無いことだろう。

 昔は思い通りにならない息子に怒ったりしていた。
  そんな自分にイライラし、それでまた息子にキツく当たってしまっていた。

 だがいまでは穏やかに接することができる。
 それはいまかけている眼鏡グラスのおかげだ。
 このレンズは世界にフィルターをかけてくれる。
 写真の中の自分を理想の体型や顔に修正してくれるように、このレンズを通した世界は、キレイに整って見えるのだ。

 息子の苦々しい表情を朗らかな笑みに差し替えてくれる。
 視界のみではなく、声も内容も脳内でチューニングしてくれる。

  まさに私の世界にフィルターをかけてくれるのだ。

 怒鳴る声も優しい言葉に変えて私の脳に届けてくれる。
 そうしたら私も、優しく笑みを返すことができる。
  このグラスを通した世界は美しい。
  現実とはてんで違う。
  わたしはこんな世界を望んでいた。

 そうだ。
 最初から現実の息子は気に入らなかった。
 顔も醜悪で、もっと整った顔だったら愛せたのだ。
 だがいま、目の前に映る顔は自分が愛せる顔をしている。
 声も、言葉も、しぐさも、全部、自分が望むものを映し出してくれる。

 フィルターを通した世界は自分の理想通りの世界。
 愛に包まれた世界なら、私は息子を愛することができる。
  わたしは、この世界を愛している。

 ザザ――――

 視界にノイズが走り、フィルターが解けた。

「あらやだ。通信不良かしら」

 掌でグラスを覆い、視界を閉ざす。
  見たくない世界を遮る。

 現実の息子を見ないように。
 だって私に必要なのは理想の息子だけだから。
 だから私は見ないようにする。

 いらない息子を。
   生きていることが耐え難かった息子を。

 とうに朽ち果てた息子の姿を見ないように。

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