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レンタルで一生を過ごす/ミニマリス・コスパリストの生涯
物質に囚われた生活はもう嫌だ。
そう思ったのは20代後半だったろうか? 世の中的にもシェアリングエコノミーが叫ばれ、いろいろなサービスが提供され始めていた。
昔は書籍を買っていたようだが、データとなり、いまでは必要な際にアクセスすればいい。
購入して手元に置いておくなど、愚の骨頂だ。
家など買う必要はない。
家具だって、購入は不要だ。好きなものを借りればいいのだから。
突き詰めれば所有するということは、満足感の錯誤なのだ。
保持しているかどうかなど、所有権の問題だ。「使いたいだけ」ならば一時的に借りれば事足りる。
そして、どうせ死んだら手から離れるのだ。
本当の意味での所有などできないのだから、その分をもっと有意義なことに使った方がいい。
そのほうが金額面でも、手間の面でももっともコスパがいいのだ。
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「やれやれ」
そういって男は部屋を後にする。
モバイルを取り出し、最寄りの宿をチェックする。
とはいえホテルではない。ショートステイができる空き部屋だ。
先ほどまでいたところは一週間ほどの滞在だった。
いま男は住む場所を固定していない。
家は持っていない。それどころか、部屋を借りてもいない。
シェアリングコミュニティで、その時期もっとも安価な場所を探し、仮住まいをすることで日々を過ごしていた。
最も安価な場所というのは、だいたいが時期が極端に短いか、滞在期間が不安定かだ。安いにはそれなりの理由がある。
しかし、きちんとした場所を借りるよりも大幅に安く済ますことができる。
めぼしい場所を見つけ、
「よし、ここにするか」
そう言ってタッチしようとした瞬間、モバイル端末の電波が切れた。
「あ」
どうやらこの端末のレンタルサービスがちょうど切れたらしい。
「やれやれ、どこか場所を借りないとな」
この機器も自分のものではない。番号も借り物だ。
自分専用の端末回線はとうのむかしに契約を切っていた。そのほうがコスパがいいからだ。
そのせいで、もはや知人どころか親族からも連絡が来ることはない。
メモリは消え、番号も安定しない人物に連絡を取るのは困難だ。
しかし、それでも不自由には感じない。男にとってはそんな連絡はコスパも悪く、非効率だ。
そもそも、くるかどうかわからない連絡のために回線費を維持するほうが馬鹿馬鹿しい。
「さて、電波を使える場所に行かないとな・・・」
そういって男はとことこと歩き出す。
男がモバイル機器を使えたのは、日が暮れてからだった。
その頃には先ほど見つけた部屋はすでに借り手がついていた。仕方ないとばかりに男は、24時間営業の喫茶店で日を跨ぐことにした。
そのうち、いい部屋が出てくるだろう。
そう思いながら、シェアリングサイトを定期的に巡回する。
その間にもいくつもの、レンタルサービスの定期更新を行う。この服もモバイル機器も、そして電波の借受も、さまざまなことを行う。
そうやっているうちに時刻はすぎる・・・そしてこんなことをしているうちに日々が過ぎ去っていく。
「コスパがよく過ごすのには対価が必要だからな」
ぐったりしながら男はつぶやいた。