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うみがめの血と肉の味わい あの時、お前は俺に

「昨日、うみがめのスープを飲んだんだ」

 そう友人に話しかけた。

「そうか」

 そう、淡々と友人は返事をした。

「ずっと……ずっと心の奥底にひっかかっていたんだ。あのときの、あのスープがウミガメのものだったのか、と」

 独白するように、そして、吐露するように友人喋る、それは友人への問いだった。

 自分と友人は、過去、海で遭難した。
 乗っている船が難破し、海に投げ出された。なんとか救命ボートの一隻に乗り込めた。
 その救命ボートに乗っていたのは3名。
 自分と友人と、そして、もうひとりの共通の友人。
 楽しい友人3名の旅行がとんだ災難となった。

 そして、偶然にも3名は狭い同じ救命ボートに乗り込めた。

 ボートは近くの島に流れ着いた。
 が、その時すでにもう一人の友人はなくなっていた。

「あの時、もうこのまま死ぬと思っていた。食料も何も無い中、救助を待つ日々」
「・・・・」

「飢え、渇き、もう死を待つばかりのとき、お前がくれたスープ…あれのおかげで助かった」
「ウミガメのスープだな」
「・・・ああ、お前はウミガメのスープと言ってくれたスープだ」

 その後、奇跡的に救助艇に見つかり、助かった。
 しかし救助艇が来た時、先になくなっていた友人の死体はなくなっていた。
 不思議に思った。
 が、疲れた脳と身体はその理由を深く考えられなかった。
 いや、考えないようにしていたのかもしれない。

「なぁ・・・教えてくれ。いや、答えてくれ。俺があの時飲んで、食べたもの・・・あれは本当にウミガメのモノだったのか?」

 昨日食べたものは、あの時、死にかけた時に食べたものとはまったく違っていた。
 当然、味付けも食材も調理もなにもかも違った。
 けれども、食べた瞬間に違和感が拭えなくなった。

 俺があの時食べたものは、本当にウミガメのスープだったのか?

「あれはーーそう」
 友人は言う。
「ウミガメのスープだったよ」

「だったら・・・だったらどうしてあいつの死体はあの時、一緒に回収されなかったんだ?! どうして無くなっていたんだ? 死体は……あいつはどこにいったんだ?!」

 そう詰め寄る。
「もうやめてくれ・・・いまさら、」
「本当のことを教えてくれ! お前は、」
「いまさら不幸ぶるなよ」

 友人は吐き捨てるようにいった。

「あいつの死体がなかったのは当然だ。おれとお前が、見捨てたんだから」

 そう、友人は蔑むように、憐れむようにいった。

「あの時、救助艇に乗れたのは…お前と俺だけだ。あいつは、間に合わなかった。そもそもあいつは助かっていなかった」

 友人は自分をも責めているようだった。

 そうだったーー・・・ 俺は、記憶を思い出した。
 あの時、船が沈む直前、救助艇を出して、乗り込んだ。そしてすぐさま脱出しようとした。
 その時、あいつの声が聞こえた。
 友人は「待ってくれ!」と叫んでいた。
 しかし、俺と友人はその声を無視して、救助艇を船から出した。
 
 一刻の猶予もなかった。沈むのに巻き込まれたら救助艇はひとたまりもない。死んでは意味がない意味がない。その場を離れることに必死で、俺はあいつの声を無視しーーあいつはそのまま船と沈んだんだ。

 一緒に救助艇に乗り込み、逃げた。
 3人で運良く逃げおおせた。
 それは俺の妄想だった。

 俺は命惜しさに友人を見捨てたんだ。
 俺は不運にも死んだ友人を喰らい、生きながらえた可哀想な奴じゃなかった。
 それを隠すために視線をそらし、記憶を捏造し、あげくに友人を罪の主犯と思い込んでいた。

「そうか」

 俺は友人を喰える立場でさえなかった。

「あれは・・・うみがめのスープだったのか」


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