息子の、手が好き。
息子の、手が好き。
ちいさくてやわらかい。ほっそりとした指に、しっかりとつめが生えている。
わたしはときどき、息子に「手、見せて」と言って、彼の手をじっくりと見せてもらうことがある。ちっぽけであたかかくて、奇跡みたいだと思う。
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息子が3歳の頃だったと思う。
気に入らないことがあったのだろう。息子が突然、夫のからだをぺちんと叩いた。
とてもショックだった。許せないと思った。
いま思えばあんなにきつく叱らなくてよかったのじゃないかと自分で思う。
「お父さんのこと叩かないでよ!お父さんは、お母さんの大切なひとだよ!」
そう言ったけれど、わたしが本当に許せないのはそんなことじゃなかった。
いま夫を叩いたばかりの息子の手をぎゅっと握って、息子に訴えた。
「あなたの手は、ひとを叩いたりするためにあるんじゃない。あなたの手は、大好きなお絵描きをしたり、おいしいものを食べたり、お友達にやさしく触れたりするためにあるの。あなたの大切な手を、ひとを叩いたりするために使わないで!」
わたしのこの感情が、どれだけ息子に伝わったかはわからない。
ひょっとしたら、彼には何ひとつ理解できなかったかもしれない。
だけど、伝えたいと思った。これはわたしの勝手な思い入れだけど、それでも絶対に伝えておきたいと思った。伝われ、伝われ、そう思いながら息子のちいさな手を握りしめた。
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あの日のことをふと思い出して、息子に聞いてみた。
「息子の手は、何をするためにあるの?」
「あのね!」
息子の目が輝いた。おお…どした、どした?
「保育園にね、『てとてとてとて』っていう絵本があるの!」
ほう。
「ぼくの手はね、ごはんを食べたり、お絵描きをしたり、鉄棒を握ったりできるんだよ!手はね、楽器にもなるんだよ!」
マージーでー!!どんぴしゃやん!
それー!!何その素敵絵本、それそれ!!それ言いたかったん、おかあさん!!
息子の話を聞いて、なんだかとても安心した。
わたしだけが必死になって彼に何かを訴えなくても、息子はちゃんと自分の社会からたくさんのことを学んできてくれる。息子にそういう大切な気づきを与えてくれるものが、この世界にはあふれている。
「そうかあ。素敵だね、息子の手はいろんなことができるんだね」
「そうなんだよ!」
息子は得意そうに笑う。ちいさな手を高く掲げながら。
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息子はこれから先、その手でどんな世界をつかむのだろう。
ずっとずっと、大切に使うんだよ。
その手であなた自身をたくさんしあわせにするんだよ。