青山真治の『サッド ヴァケイション』映画レビュー 彷徨う者たちの居場所
20数年ぶりに見た。石田えりの存在感が圧倒的な「母性をめぐる映画」だ。舞台となる間宮運送は、人々が吹き溜まりのように集まってくる場所。コミュニティであり、大きなホームである。そしてそのホームの主として君臨するのが母なる存在、石田えりである。
この『サッドヴァケイション』は、『Helpless』、『EUREKA ユリイカ』を見た後で見ると、より面白い。すべてがつながっているからだ。『Helpless』のヤクザの松村安男(光石研)が北九州で起こした事件の10年後であることが最初にクレジットされる。『Helpless』のラストで、安男の妹ユリ(辻香緒里)を連れて逃げた健次(浅野忠信)は、中国人労働者の密航による不正入国を手引きしている。密航中に父を亡くした少年アチュンを世話することになり、ユリとアチュンと共同生活を始める。暴力的なところのある健次だが、子供やユリのような存在を見捨てることは出来ない。
『EUREKA ユリイカ』で沢井(役所広司)の親友だった光石研は、『Helpess』では健次(浅野忠信)の幼馴染のヤクザを演じて別の人格だったので、ちょっと混乱するのだが、3作とも出ている。方言まる出しの光石研の存在は、北九州の地方性と強く結びついている。今作では、『EURIEKA ユリイカ』と同じ役所広司の親友役として登場し、東京に出張していて『Helpless』、『EUREKA ユリイカ』の両作品に出ている秋彦(斉藤陽一郎)の家を訪れる。どうやら『EUREKA ユリイカ』のバス運転手の沢井(役所広司)は、梢(宮崎あおい)が高校を卒業したころに病死し、その後、梢は行方不明になっているようなのだ。二人で北九州に探しに行こうということになる。『EUREKA ユリイカ』と『サッドヴァケイション』をつなげる存在として、光石研と斉藤陽一郎が登場しているのだ。
中国マフィアに同僚の豊原功補は殺され、運転代行業の仕事をするようになった健次は、ホステスの冴子(板谷由夏)と知り合い、いい仲になる。そして客を送っていった間宮運送という会社で、家族を捨てていなくなった母(石田えり)と再会するのだ。アル中の父と5歳の自分を捨てて、男と消えた母への恨み。健次は、母に復讐の意図を持って近づき、間宮運送で働くことになる。
この映画は、間宮運送という場所が、様々な人々を引き寄せる特別な場所となる。間宮運送に集まってきた様々なドライバーや事情を抱えた者たち。そんな過去の訳アリの者たちをすべて引き受けるのが、間宮運送の間宮社長(中村嘉葎雄)とその妻(石田えり)だった。そんな場所に、梢(宮崎あおい)もやってくる。死んだ者以外のあらゆる者たちが、ここ間宮運送に集まってくるのだ。流れ者、彷徨える者たちと、居場所を持つ者たち。『Helpess』は、故郷に帰ってきたり、故郷にいる者たちが、母や父を失い、やり場のない鬱屈を抱え、彷徨う物語だった。『EUREKA ユリイカ』は、バスジャック事件をきっかけに家族が解体し、バスの旅で死の淵からやり直す物語だった。そして『サッドヴァケイション』は、そんな彷徨う者たちの居場所についての物語だ。そこには、戦う「父」ではなく、すべてを受け入れる「母」がいる。
『EUREKA ユリイカ』で、役所広司が土建会社で働いているときに、天気雨が降ってバスジャック事件の兄妹と再会するシーンがあった。役所広司は雨に濡れながら、傘をさして立っている兄と妹を見つける。光が射す中での激しい雨が印象的だったが、この作品で浅野忠信は雨の中、車から母の様子を伺う。そして夜、健次が会社のソファで横になっていると嵐のような豪雨となり、会社の門のあたりに死んだ安男の影を見る。『Helpess』のラストの失った片腕の袖が、カットバックされるのだ。死んだ安男がこの世に帰って来たようなイメージにはドキッとさせられる。『Helpess』のラストシーンの記憶がなかったら、よくわからないシーンだろう。激しい雨はいつも劇的な再会を用意する。
健次と同じように母が行方不明の梢(宮崎あおい)は、母に復讐しようとしている健次(浅野忠信)に「復讐か。どげんするんが復讐になるんかのう」と尋ねる場面がある。健次は、種違いの弟の勇介(高良健吾)を家出させ、母の石田えりを苦しめようとするが、母はそんなことを意に返さない。「あなたがこの会社の跡継ぎになるのよ」と健次に迫る。
間宮運送で働くオダギリジョーは浅野忠信をある山の上に連れていき、「ここはハワイから流れてきた珊瑚でできているんだ。日本、日本っていうけど、日本なんて、いろんな人たちの寄せ集めじゃないか」という場面がある。石が山肌にゴツゴツといっぱい残っている不思議な場所だ。みんな流れ流れて集まってくる場所、それが間宮運送なのだが、そういう共同体は成立するのか?誤って義弟を殺してしまった健次は服役することになるのだが、石田えりは「帰ってくるのを待っている」と告げる。息子を殺されたにも関わらず。冴子(板谷由夏)のお腹の中にいる健次の子供と、ユリと、みんなで待っていると。梢や訳アリの流れ者たち、血が繋がっている者も繋がっていない者も、死者も犯罪者も、みんなが帰ってきて、いられる場所。未来に繋がる場所。
昭和の父の物語を聞くことが出来ずに、怒りを爆発させ、故郷にいられなくなった者たち。事件をキッカケに家族はバラバラになり、バスで彷徨うことで、もう一度で再生しようとする者たち。そして今作では、家族をなくして彷徨える者たちが、大いなる母の元で居場所=共同体を作ろうとする物語。昭和から平成へ。故郷と家族を失いながら、罪を犯して彷徨う者たちが、死者たちの魂を抱えて、どんな場所に行き着くのか?そんなことを考えさせる大きな三部作の物語だった。
幼くして罪を犯した直樹(宮崎将)が社会に出てきたところを青山監督にはいつか描いて欲しかった。