エリック・ロメール『恋の秋』~美しき緑と光と恋「庭」の映画
「四季の物語」シリーズの4作目になる『恋の秋』。 エリック・ロメールの映画は、大きな事件もアクションも起きない会話劇が主体。だから人物キャラクターの造型がすべてだ。とにかくいつもキャスティングが抜群に素晴らしいのだ。決して華のある大女優が出る訳ではない。いかにも、どこにでもいそうな人物を自然に演じる役者たち。美男美女ももちろん登場するのだが、それぞれのキャラクターに合った俳優を見事にキャスティングし、個性的な人物を造型していく。その演出力はさすがだ。だからこそ、大きな事件やアクションがなくても、十分見応えのある映画になるのだ。
「四季の物語」シリーズを通じてそれぞれの作品で演出的な工夫がある。「部屋」の映画だった『春のソナタ』、「乗り物」の映画だった『冬物語』、そして「歩く」映画だったのが『夏物語』。そして、この『恋の秋』は「庭」の映画だ。
ロメール映画において、しばしば登場する庭での食事シーン。『夏物語』でも庭での友達たちや叔父さんたちとの食事シーンがあったし、『春のソナタ』でも別荘の庭の手入れや、読書やお茶を飲むシーンはあった。フランスでは、戸外のテラスや庭でお酒を飲んだり、食事することも日常的に多い。だから取り立てて、この『恋の秋』が「庭」の映画というほどでもないかもしれない。
だが、ブドウ農園をやっている独身中年女性のマガリ(ベアトリス・ロマン)の恋をめぐるこの物語は、彼女の庭で酒を飲みながら、本屋をやっている親友の主婦イザベル(マリー・リヴィエール)と人生を語るシーンや、息子の恋人であるロジーヌ(アレクシア・ポルタル)とも庭で語り合う場面があり、庭での語りは多い。そしてなんといっても、イザベルの娘の結婚のガーデンパーティーが広い庭園で行われる。そこでのマガリの恋のやりとりがこの映画の主要舞台である。まさに「庭」ですべての恋の策略と駆け引きと孤独と嫉妬と愛が描かれるのだ。自然の光と庭の美しい緑と女性たちの姿がなんとも魅力的な映画なのだ。
簡単なストーリーは、ぶどう園の仕事で忙しいが魅力的な女友達マガリのパートナーを見つけてあげたいと、親友のイザベルが新聞広告で彼女の相手を勝手に募集する。そして自らも恋のゲームを楽しみながら、ジェラルド(アラン・リボル)という男性を見つける。一方、マガリのことを慕う息子レオ(ステファーヌ・ダルモン)の恋人ロジーヌは、元恋人の年上の哲学教師エチエンヌ(ディディエ・サンドル)をマガリに紹介しようとしている。恋人だったエチエンヌへの思いを「友達」という形で距離を置きたいロジーヌは、彼に恋人を見つけさせたいのだ。そして自分の好きなマガリとくっつけばいいと画策する。そんなマガリの近くにいる二人の女性が、彼女のために、イザベルの娘の結婚パーティーの庭で、それぞれ引き合わせようとするのだ。
そんな策略を知らないで、マガリはジェラルドと初めて会って好意を寄せるのだが、イザベルとの仲を疑って恋は険悪な方向へ。結婚パーティーの庭園で、恋の予感を感じたり、失望したり、嫉妬したり、孤独になったりと、マガリの心の浮き沈みが描かれる。最後は、マガリとジェラルドの気持ちが重なり、ハッピーエンドとなる。ラスト、夜も更けて結婚パーティーの楽団の歌と音楽で踊るイザベル家族の幸福そうな姿がなんとも心地よい余韻を残して終わる。
南フランスの小さな町、サン・ポール・トロワ・シャトーの美しい自然の緑と庭、そこで繰り広げられる恋をめぐる人生模様がなんとも微笑ましく、気持ちよい。イザベルもロジーヌもそれぞれ勝手であり、一方でマガリのことを思っている。気難しくて不器用なマガリも欠点がありながらも魅力的だ。そんなそれぞれの思惑と関係。エリック・ロメールは、つねに冷静に人物キャラクターを俯瞰し、白黒つけない複雑な「関係の綾」を描き続けた映画監督だ。