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【創作大賞感想文】レンタサイクルの彼女


あなたにとって"面白い人"とは誰だろうか。

私にとって面白い人ランキング第一位は、夫「椎名ピザ」である。

そう、『レンタサイクルの彼女』著者の椎名ピザ、だ。


彼とは十年以上一緒にいるが、彼の読書姿を見たことはほぼなく、気づけばテレビをつけバラエティやお笑い番組を観てケラケラと笑っている。

『M - 1グランプリ』『キングオブコント』の決勝進出者や歴代優勝者・ネタ内容を年別で暗記しており、それを言えるのは世間一般常識と思っているようなお笑い好きなのだ。

本を読まないお笑い好きが、一体どんな小説を書くだろうか?

今日はそんな作品の感想文だ。

【あらすじ】
 十七歳の夏。良一は、何一つ楽しくない高校生活を送っていた。そんな中、帰り道で絵を描く同級生の翔子と出会う。彼女も良一と同様の高校生活を送っていた。二人は必然的に惹かれ合った。しかし大学進学をきっかけにお互いの気持ちが少しずつすれ違っていく。二人の何気ない日常を描く。
 彼女はレンタサイクルで去っていく。

レンタサイクルの彼女(第一話)

この作品は、過去に書いた短編『レンタサイクルの彼女』を長編にした作品である。

段落ごとに颯爽とレンタサイクルに乗った彼女が去っていくのが魅力の作品であるが、今作ではなぜレンタサイクルに乗っていたか謎が明らかにされる。

二人は高校のときに出会い、大学生、社会人となっていくのだがその時期での二人の人生・関係性が丁寧に描かれている。
やはり人生が動いていくときはトントンとことがうまくいくものではない。二人はすれ違っていく。


彼が二万字を書いたことがまず驚きだったが、「良い文章が書けないコンプレックス」を口にするほどの読みにくさなんて全くなく、するすると頭に文章が送り込まれる。

涼やかな恋愛パートかと思えば少々のネタをいれ、丁寧に積まれた積み木を崩している感覚。
要所要所、くすりと笑わせてくるワードをずるいなと思いながらも口角は自然と上がってしまう。

小ネタを挟みつつしっかりと物語を動かす椎名ピザの筆力に、読み手は引き込まれるだろう。


※以下ネタバレあり※


私の好きなシーンがある。

主人公の彼女、翔子が会社の内定を辞退するか良一に相談しているシーンである。

翔子は高校を卒業し大学にストレートで入学。
美術部に入部しそこで部長になり、それなりに楽しい生活を送っていた。

しっかり就活も行い内定も出たあと、あることが理由で内定を辞退しようとする。
そこで、良一はその内定辞退に対して特に反対をせず以下のシーンに進む。

「良ちゃんって、本当は優しいんだね」
 僕は優しくなんてない。最低だ。
 僕と彼女の最低で最悪のすれ違いコントが始まった。

“良一→翔子が道を外したと思い喜んでいる”
“翔子→良一が背中を押してくれてと思い喜んでいる”

 絶対に必要のないテロップが脳内の画面に表示された。

『レンタサイクルの彼女』第四話

すれ違いコントとは、言わずもがなアンジャッシュのコントである。ここでその小ネタを使用している。

それを今回ここで使うことで、ピザは良一の罪悪感を、冗談ぽく軽やかに表している。
表しているからこそ余計に良一の罪悪感がはっきりと浮かび、より良一が申し訳ないと思っているのが引き立つ。
この対比が好きだ。

いや、嫌な自分を嫌な自分として受け入れるのでなく、冗談ぽくして「これはあくまですれ違いコント」だと割り切ることで自分を言い聞かせているのか。
いずれにしても、凄い。

恋愛のすれ違いとは切ないものだけど、それを「切ない」と言ったところで伝わらない。
それをこう表現するのか感心と、自分には絶対にない思考回路に嫉妬を覚えた。

やはり、私の中の面白い人ランキングは変わらずピザが一位である。

面白い人とは、何をしても面白いのだ。
小説を読まないからといって、小説が書けないわけじゃない。

面白いという人間の器があるからこそ、それをどんなコンテンツでも発揮できるのだと思う。
私の方が本を読んでいるという自負があるが、彼より面白いを作品を書けるかといったらその自信はない。

いや、まぁ、書けなくていいのか。
それは、ピザに任せよう。


ちなみに私とピザの初デートも上野動物園だ。
パンダよりなぜかエミューを見たことを覚えている。


この人いきなり言ってんの?と思う人は、ぜひ『レンタサイクルの彼女』を読んでほしい。

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