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【創作】月色ドレス


ここはずっと夜だった。
太陽を最後に見た日からいくつ季節を過ごしただろうか。

神社に落ちる葉っぱは全て数えたし、地蜘蛛の巣も全部引き抜いた。

それでも朝は来なかった。


田んぼの中を走る電車は僕を置いていくように流れていく。
水田の向こうは八幡平が聳え立つはずだが、気配しか分からない。

「月色のドレスを着た女の子が来たら、」
満月の夜になると、月が僕に話しかける。

「神社の軒下の蟻地獄を数えてね」
大きい口を動かして。

「三十匹集めたらここから出られるよ」
月は妖しく笑う。

「でも、三十匹集まるまで、蟻地獄のことは教えてはいけないよ」
クックックッと。


「どうして僕を閉じ込めたの?」
僕は月に話しかける。

「君がここに来たかったんでしょう」
月は嬉しそうだ。

「僕はどこから来たの」
月は考え込んだあと、あっと答えを見つけ口を開いた。

「グリコをしたら分かるんじゃない?」
すると、階段の方からグリコをする声が聞こえた。
その子は真っ白なドレスを着ていて、月の光が反射していた。

僕はすぐに本殿の軒下で蟻地獄を探した。

「騙されちゃいけないよ」
月が耳元で囁いた。

「三十匹だからね。間違えちゃいけないよ」
「分かってるよ、分かってるよ」

でも、二十九匹しかいなかった。
どこを探しても、どこにも、どこにも。

僕は女の子の手を取り、グリコをした。

「じゃんけんぽん」
あぁ、負けた。
「ち・よ・こ・れ・い・と」

「じゃんけんぽん」
また、負けた。
「ち・よ・こ・れ・い・と」

「じゃんけんぽん」
僕は多分、この山の裏側から来た気がする。
「ち・よ・こ・れ・い・と」

「じゃんけんぽん」
小さい川が流れる横に、僕の家があるはずだ。
「ち・よ・こ・れ・い・と」

女の子が階段の上まで上がり、ふと風が止まった。
ドレスは月明かりに染まっている。

彼女が手の平を開き、それを見つめた。
あぁなんだ、そこに居たのか。

「おめでとう、正解は蟻地獄だよ」
乾いた風が吹いた。

月が笑い、僕だけが取り残された。






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