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【創作】土手ケーキ
「一旦、死んじゃおうかな」
彼がそう言ったのは昨日か、一昨日か、遠い昔だったか。「パーマ、かけちゃおうかな」くらいの軽さで彼はそう言ったから、彼の発言の温度に合わせて「ふーん。たまにはいいんじゃない」と軽んじてやった。
彼は謀ってか否かぽっくり逝ってしまった。あぁ、私が軽んじてしまったからか。彼の身体の前でご飯も仕事も何もかもを放り投げ、三日三晩泣き腫らした。私の涙が小川を作り出す頃に「わっ部屋びしょびしょ」と彼は息を吹き返した。彼の頭にはモンシロチョウが止まっていた。
生き返ったのは心底嬉しかった。ただ、生き返った彼の身体の成分は(水分量とかタンパク質とかそういう類の)前とは少しばかり違う気がしたし、なんだかまた死んでしまうんだろうという一抹の不安があった。
記憶では私と彼は同じ部屋に住んでいたのに、薄暗いアパートで私たちは別々の部屋に住むことになっていた。「また明日ね」と彼は203号室に入り、暗闇に潜っていった。
205号室で一人ポツンと佇み、定点カメラで見たら静止画かと間違えられそうなくらい動けなかった。それではまずいと思い、呼び鈴を鳴らして「今日はそっちにいってもいい?」と203号室に問いかけたが、「だめだめ。一人の時間を大切にしよう」と断られた。
私は彼を大切に思っているのに、私の水分量を減らしてまで部屋に小川を作ったのに、身体の成分が変わっても私は彼を彼として扱ってるのに。
205号室の白壁に掲示されたカレンダーには、明日が私の誕生日であることが記されていた。彼はどんなふうに私を祝ってくれるだろうと、さっき見たモンシロチョウが私の中で飛んでいるような明るい気分になった。
『8時。土手に集合』
翌日。彼からのそっけないメッセージを見てすぐに自転車を走らせた。多分あの殺風景の土手だろう。
土手に到着し、川の流れが急なところが見える位置に腰をかけ眺めていた。魚だったらあそこを通るとき楽しいんだろうな、と魚に共感していた。すると、彼が現れ「土手の下にある美味しいケーキ屋さんで買ったよ」と白い箱を渡してくれた。
彼と私は土手に隣り合わせて座り、私は渡された箱を開けた。その中には、アメリカのケーキ以上にカラフルなケーキが入っていた。「わ、眩しい」と呟くと「世界で一番大切な人にあげるケーキをオーダーした」と彼は満面の笑みで教えてくれた。
ケーキはラズベリーだかブルーベリーだかいろんなフルーツがミックスされたよく分からない味だったが、 私はすごく嬉しくて泣いた。「なんで一緒に住んでくれないの。一緒に泣いてくれないの」とボロボロと泣きながら言うと、「それはまた別の話だからさ。でも、ねえ、君のくせっ毛は世界一可愛いよ」と慰めてくれた。
私は嬉しくて、悲しくて、やりきれなくて、もどかしくてどうにもできなかったが、私がこの世界で一番幸せであることは確実だった。
▼好きな土手