6.リアルなお金と保険と制度の話

息子の症状のことはとりあえず保留にして、いつ大動脈解離を起こしてもおかしくない状態のため、手術をすることになった夫。

決まってからの日々はドタバタでしたが、それより何より一家の大黒柱が大きな手術をするということは、現実的な経済面の大きな問題がありました。

私が生業としている鍼灸師の国家試験の科目には関係法規もあり、一通りの社会保障制度の知識はありました。また父が弁膜症やガンを患ったのを看病した経験もあるので、家族が手術を受けるということの、だいたいの流れもわかってはいました。

それでも、それでも、困ることだらけでした。

手術を受けた話は、後ほどさせていただくことにして、経済面でのことを先にお話しさせてください。

1)高額な医療費!

手術をすることになり、主治医の先生に質問したのは、入院期間と予後、仕事に復帰できるのはどれくらいか、そして手術費用のことでした。

●入院期間:約3週間
●術式:開胸し、心肺を止めて、上行大動脈を人工血管に置換、大動脈弁は自己弁を温存し縫い縮める術式。

●予後:人工弁は使わないので、ワーファリン※を飲み続ける必要はない。開いた胸骨が癒合するのに2ヶ月はかかる。その間、車の運転や重いものを持つことは禁忌。デスクワークなら2、3ヶ月の休業が必要。
●費用:総額で800万円程度

※ワーファリン 抗凝固剤 ビタミンKの働きを抑えて血液を固まりにくくし、血栓ができるのを防ぎますが、出血が止まりにくいなどの副作用もあります。

は、はっぴゃくまんえん…

3割負担しても240万円です。

高額医療費制度という、ありがたい制度があり、ひと月に一定以上の医療費がかかった場合には、補助してもらえるのですが、私が習った当時は、一旦は自分で支払って、後日申請して返金という流れでした。

スケジュール通りだと退院は冬のボーナス直前。1年の中で最もお金のない時期…。

生命保険も入っているけれど、入ってくるのは、後から。しかも、私は大変なお金音痴のダメ人間なのでした。このことがわかる少し前に、保険を見直して、医療保険はライトにして、貯蓄しようと思ったところで、保険はシンプルにしたのに、貯蓄はこれからというところでした…。入院日額は10000円から5000円にしてしまい、5日目からという保険…。手術分の給付も入院日額が基準換算なので、全くもって医療費を補填しきれません。

「そういえば3大疾病特約をつけていた!」

と思ったのですが、なんと脳血管疾患、がん、心臓疾患の3大疾病のうち、心臓に関しては非常に範囲が狭く、対象となるのは急性心筋梗塞のみで、しかも症状の程度は限定的でした。我が家は対象に全くかすりもしませんでした…。

「そういえば父は心臓の障がい者手帳をもらっていた!」

とも思ったのですが、主治医の先生にうかがってみると、なんだか出したくなさそうなトーン。対象ではあるのですが、仕事があるのに、もらうのはよくないくらいの勢い…。一応、相談窓口は紹介してくれましたが、窓口で相談すると、さらに申請することをとがめられるように感じてしまい、衝撃を受けました。

父の時とは大違いでした。その間の15年くらいで心臓の手術は劇的に進歩したはずで、対象となる人が増えすぎたのかな…とは思いました。地域差もあったかもしれません。僧帽弁と大動脈弁では部位的に差があるのかもしれないとも。とにかく我が家の困窮具合の助けにはならないことがわかりました。

(ちなみに後から聴くことによると、同じような手術をした同病の方には、手帳をもらえた方もいらっしゃるようです。認定の基準は環境にもよるのかもしれません…。)

お恥ずかしながら、我が家の資金繰りはショートしそうでした。

しかも会社員の夫は有給休暇を使えるのだろうか…傷病手当という制度もありそうなのですが、普段の2/3くらいとのこと。働かずして、いただけるだけでありがたいのですが、自転車操業の我が家には2/3は厳しく、さらに私の仕事も自営業、もちろん有給はなく、休んだ分は無収入、これはもうお手上げだと思いました。

2)社会保険労務士の友人に相談

高校の同級生に社会保険労務士さんがいるのを思い出し、思い切って相談をしてみました。餅は餅屋…とてもとても有益なアドバイスをしてくれました。

●高額医療費制度は限度額認定証というものを事前に発行してもらえば、窓口で一旦立替することなく、限度額までの負担金を支払うことができるということ。

●有給や傷病手当をもらう権利は当然もっているけれど、当たり前という態度で臨むのではなく、ご迷惑をおかけしますが…という姿勢で相談をすれば、総務の方もよりよい方法を考えてくれるもの。なるべく仕事復帰しやすい環境で休めるように…とのこと。

本当に助かりました…。

結果的には、2か月程度の休職となりましたが、幸い、年をまたいだので、2年分の有給で休業期間を賄うことができました。

3)今は制度が変わりました!

ちなみに夫の手術から約1年後、指定難病の対象疾患が増え、マルファン症候群も指定難病の1つになりました。

現在は、医療費の1割が補助されるため、自己負担額は2割となります。所得に応じて月の医療費の自己負担額の上限があるので、このような心配はなくなりました。指定難病や小児慢性特定疾病の認定が下りていれば、我が家のようなことは起こりませんので、ご安心ください。

障がい者手帳について質問した時は、苦い顔だったように思えた主治医の先生。難病の認定がいただけるか、不安でしたが、こちらは快諾してくださいました。

4)最終的な自己負担額

最終的に今回の入院と手術でかかった費用は、高額医療費限度額認定を受けていたものの、2月にわたったため、自己負担額は、我が家にとっては、なかなかの金額となりました。入っていた医療保険も、整理してライトにしてしまったタイミングでしたので、保険で全額を賄うことはできませんでした。

ただし、健康保険組合によっては付加給付という制度があって、さらに一定以上の自己負担額があると、負担をしてくれることがあります。自己負担額は健康保険組合によって異なりますが、2万円~4万円に設定されている場合が多いようです。

5)生命保険に入れるということ

今回、医療保険や生命保険の見直しが、失敗となった我が家。凝りてさらに見直してみました。結局、何をどう備えたらよいのかは、いまだにわかりません。ただ夫や息子はもう新たに加入することは難しい、もしくは保険料が高額になるということがわかりました。

ですが、手術をしたとはいえ、夫が倒れるリスクはあり、さらに以前と同じように仕事復帰できるかも未知数。非常に将来は不安でした。そのプレッシャーは大きく、子どもたちが成人し、働き盛りの頃に息子が同様の手術がおそらく必要になるはずなのですが、その時に休業によって職を失ったり、経済的に困窮しないように、親としてできる備えはしておかなくては…と思いました。

息子が手術をする時、万一結婚していれば奥さんに私のような思いをさせたくないし、私たち親が健在でなく、息子が独身であれば、そのサポートは娘にものしかかってくるはずで、その負担はなるべく軽くしたい…。息子も娘も、仕事や育児が忙しい時期にあたるのは想定できるので、先立つものがあれば少しは楽に乗り切る一助となるかもしれないと考えました。

知り合いのファイナンシャルプランナーさんに相談し、とりあえず健康な私の生命保険を厚くし、貯蓄性もあるものにすることにしました。

6)私の働き方

仕事はしていたものの、育児に軸足を置いていた私ですが、このままの働き方でよいのかは、悩みました。

夫が働けなくなっても大丈夫な2馬力型の家計にしなくては…と思う反面、息子の通院もあり、がっつりフルタイムで働くことは厳しい状況でもありました。病気を持っている子を育てる親御さんたちは、どうやって働いているのか、家計を支えているのか、いまだに気になっています。

そして私自身も今現在も安心できる働き方にはなってはおらず、目下模索中です。現在夫は、おかげさまで仕事に復帰できておりますが、この先のリスクは変わりません。ただし、50代前後にもなれば、マルファン症候群でなくとも、なんらかの病に倒れるリスクはあるので、過剰には心配はしないことにしました。

いずれにせよ、主たる生計を立てる働き手が1人というのはリスキーだな…とは実感しました。

それは私が働けなくなっても同様です。通院や家事育児、家庭内のさまざまなマネージメントなどのアンペイドワークはかなりのものがあるからです。これを外注したら大変な額になりますし、これができなくなったら、生活の質はかなり下がります。夫が私の役割を担ったら、仕事に支障をきたすか、パンクすることでしょう。

こどもを育て上げ、普通に日常生活を送るために、家族というユニット内でカバーしなくてはいけない役割は大きいな…と痛感しました。

つづきます