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理解はできなくても知りたいと思った、その手の伸ばす先に ―― 久々原仁介『海のシンバル』
ころころとキャリーケースを引きながら回遊していると、熱心に自身の小説を語る青年が視界に入った。青年は滔々と話す。小説のこと、自分のこと、趣味のこと……。本を手に取りながら、しばらく聞き入ってみる。
読もう、とそう思った。
他のお客が来たので購入して青年の前を去ることにする。ファンの方らしい。私はこの方のことをぜんぜん知らなくて少し申し訳なかったなと思う。でも、これからもっと知れると思う。キャリーケースに本をしまい、少し口元を緩めて私はまた会場を回る。
2023年9月10日に訪れた「文学フリマ大阪11」で購入した一冊 久々原 仁介(くくはら じんすけ)氏による『海のシンバル』。
爽やかに話す氏と文体に引かれて手にとったのだけれども、……内容は深く深く海の底にまで沈んでいってしまうほどの激重だった。あの爽やかさから? 語っていた嗜好の部分をここに混ぜる!? というギャップに衝撃を受けたが、読んで良かったと思える一冊だった。
シティホテルとラブホテルの間、いろいろな利用客のいるファッションホテル『ピシナム』。そこの従業員で大学生の磯辺と、そのホテルを利用する高校生Rとの交流が、磯辺の回想という形で語られる。
毎週違う男とホテルを訪れ、同じ部屋を利用するRは明らかに訳アリな感じで磯辺は気になってしまう。ある日、受付と部屋とをつなぐ気送管を通してRが手紙を送ってきたことから、彼は彼女の心に触れてしまうことになる……。
見知った人間よりも赤の他人の方が話をしやすいというときはある。関係性がないから、これ限りだからという心理もあるのだろう。綺麗な部分だけ、見せたい部分だけを計算して見せることができる。
しかし、気まぐれだったかもしれない交流も、回を増す事に意味のあるものへと変わっていってしまう。
この物語にはたくさんの“距離”が登場する。部屋と受付もそうだし、「一五一四キロメートル」、山陰と岩手、そして心の距離もそうだ。それらは彼らが関わるごとに近くなったり遠くなったりする。
――彼女は「サンイチイチ」の被災者だった。
自分を構成する世界、自分のカラダの延長でもある人やものたちを、一度に、唐突に、奪われてしまった人の心に、被災しなかった人はどう寄り添えば良いのだろう。
読み進めていくと、気送管での手紙のやり取りは対話というよりも自問自答のようにも見え、そしてその姿は懺悔する姿にも思えてしまう。どちらが懺悔しているのかはもはや分からない。相手ではなく、他のもっと大きなものを見ているのかもしれない。
やりとりを通し、磯辺は、被災者の心を非被災者の自分がきちんと理解することはできないのだと悟る。しかし、それならばせめて知ることだけはしたいと、知識をつけたり、彼女と言葉を交わしたりする。
言葉は心に刺さる。ナイフのように鋭利に互いを傷付ける。そして、シンバルの音のように、しばらく留まり響き続ける。
読後は、本当に留まるようにジーンとする音が止まず、じんわりと心に浸されていくような切なさがある。
重たいのは震災後文学として当然のこと。むしろよくここまで被災者と非被災者との心のズレを描いてくれたとも思う。
一番心にきたのはやはり「一万五千人」の部分。どれだけ親身に思っても、当事者かそうでないかの差は埋まらない。それは、仕方のないことなのかもしれない。でも、それでもやれることがないわけではないと信じたい。
読んでいる間も、読んだ後も考えさせられる作品でした。
ページ数は多くないので読みやすいとは思います。文字数と話の重さに関係はありません。
それと、この小説は比喩表現が巧みで、それによって情景描写や心情描写を捉えやすく、非常に作品世界に没入しやすいです。
たとえば、
『いつもの受付さんですか?』
さっきの便箋を四分の一ほどに千切った紙に、たったそれだけが書かれている。
小さな雨粒が紙に落ちたら、この子の字になりそうだった。
彼女の字を雨粒に喩えるところなんてたまりません。
作品全体は静謐でおとなしい雰囲気なのですが、登場人物の感情は真逆で、そのギャップがまた良いです。
偶然、非常に良い本に出会えたことに感謝です。文学フリマすごい。
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また、この作品は文庫でなくても全文が「小説家になろう」と「カクヨム」に掲載されていますので読むことができます。
🔸小説家になろう
※R15制限がかかっているのでご注意を
https://ncode.syosetu.com/n3778gt/
🔸カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16816700426955471551
書籍化を目指し、クラウドファンディングもされていたようです。行動力がすごい。
好きな媒体でぜひ読んでみてください。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。またお会いいたしましょう。
60冊以上の戦利品✨✨
— Sasakina@MTG (@sskn_mtg) September 10, 2023
顔を見て 少し話して 笑顔で購入っていう流れが心地よい(*‘ω‘ *)
写真に載せきれなかったフリーペーパーや名刺もたくさん頂いてます。どれもじっくり味わいます。
出店者の方々、スタッフの皆様、楽しい時間をありがとうございます❗#文学フリマで買った本#文学フリマ大阪11 pic.twitter.com/KgJAlUcxG2