#78 AIと競う子どもたち
問題を読む
まずはじめに文章問題をやってみよう。
問題 次の報告から確実に正しいと言えることには〇を、そうでないものには×を答えて下さい。
公園に子どもたちが集まっています。男の子も女の子もいます。よく観察すると、帽子をかぶっていない子どもは、みんな女の子です。そして、スニーカーを履いている男の子は一人もいません。
(1)男の子はみんな帽子をかぶっている。
(2)帽子をかぶっている女の子はいない。
(3)帽子をかぶっていて、しかもスニーカーを履いている子どもは、一人もいない。
この問題の正解率は64.5%でした。
問題を答えた被験者が全国から無作為に選ばれた中学生以上の人であれば、一般的に正解率は平均的なようにみえます。
しかし、この問題を受けた被験者は大学生で、その多くは大学受験を終えたばかりの一年生でした。入試で問われるスキルは何一つ問うていないのに、国立Sクラスで85%が正答した一方、私大B、Cクラスでは5割を切ったそうです。
ちなみに、正しいのは(1)のみです。
問題文中の「帽子をかぶっていない子どもは、みんな女の子です」という文から、「男の子は帽子をかぶっている」ことがわかります。
そのため(1)は正しいことがわかります。
しかし、「女の子は誰も帽子をかぶっていない」とは言ってません。つまり、確実に正しいとは言えません。だから(2)は×です。
さらに、「スニーカーを履いている男の子は一人もいません」という文を合わせても「帽子をかぶって、しかもスニーカーを履いている女の子がいる」可能性を否定できないので(3)も×になります。
この問題はひっかけ問題ではありません。
単純にこれから大学で学びを受ける学生が、大学の初年度の教科書を読んで理解できる学生がどれくらいいるかを調査するために行われた「大学生数学基本調査」の問題です。
なぜこのような調査が行われたかといえば、大学に勤める教員の多くが、学生の質の低下を肌で感じているそうです。学生との論理的な会話、設問と解答との間で、会話が成立しないと感じるシーンがあまりにも増えている。
先の問題で国立Sクラスで85%正答していることと、私大B、Cクラスで5割を切っていることをみれば、学力の差が読解力の差ともいえなくもありません。
もし、私大B、Cクラスの学生に読解力の向上を促すプログラムを施したのなら、彼らの学力が飛躍的に向上し国立Sクラスにまで届くかもしれないという期待が持てます。(極論ですが)
わたしたちは、学力が知識量と処理能力の速さだと思いがちですが、そうではなく国語力ともいうべき読解力が鍵を握っているのかもしれません。
AIへの期待と現実
これを読んでいる人の中で、「将来的にはAIが飛躍的に向上して、このような言い回しの違いなどどうでもよくなるから不用」と思う人がいるかもしれません。
たしかにAIは進歩しています。昨今では「siri(apple)」や「Alexa(Amazon)」、「ペッパー君(ソフトバンク)」など音声認識を搭載した機械をみるとそのように錯覚してしまう。
しかし、これらの機械は人間の言葉を理解しているのではなく、一定のルーチンで解答を導きだしているのにすぎません。
例えばsiriに「この近くの美味しいラーメン店は」と訊きます。
siriはすかさずGPSで位置情報を取得し、それをもとに近くの美味しいラーメン店を推薦してくれるでしょう。
次に「この近くのまずいラーメン店は」と訊いてみます。すると、似たような店を推薦します。siriには「美味しい」と「まずい」の違いがわかりません。
また「この近くのラーメン店以外のお店は」と訊いてみます。すると、また似たような店を推薦してしまいます。
ここでわかることは、現在、機械が意味を理解するのは難しいことと、○○以外のような表現は、機械には高度な技術が必要なようです。
わたしたちは、何気なく会話していることも、機械に理解させることは極めて難しいのです。
機械がこれらを処理するためには「自然言語処理」とよばれる処理をおこないます。
過去、自然言語処理の技術を使う自動翻訳や質問応答は、研究者たちがAIに文法などの言葉のルールを憶えさせ、論理的、演繹的な手法で精度を上げようとしていました。
けれど、その手法は何度試みても失敗を繰り返しました。
そこで研究者が別のアプローチを考え出しました。
それは、「統計と確率」です。
ただし、統計では論理のような確実な推論は難しい。さらには、見たこともない例に対してどう判断するか予想がつきません。
しかし、これが結構当たるのです。
アメリカのIBM社が開発したワトソンとよばれるAIは、アメリカの人気クイズ番組「ジョパディ!」に出場して、チャンピオン2人を破りました。
これを観た視聴者の人は、AIは人間の言語を理解していると錯覚したことでしょう。
しかし、実際に行われているのは、このクイズ番組の問題の形式に対応したルーチンだった可能性が高い。
なぜなら問題は「この○○は何か(This ○○)」になっており、HOW(どのように)や、WHY(なぜ)のような問題は出題されないのです。
では「this ○○」で終わる質問の答えはなんでしょうか。固有名詞か、名数付の数字以外はないのです。このような質問のことをファクトイド型質問といい、フアクトイド型質問は以前から効果的な解法が知られていました。
factoid型質問……名称や日付け・数値など事実に基づく正答を求める質問
non-factoid型質問……理由や事象の説明に基づく正答を求める質問
IBM社のエンジニアはそこに注目し、システムを組み上げ、クイズチャンピオンを倒したのです。称賛すべきはワトソンではなくワトソンを組み上げたエンジニアだということです。
例えるならば、フラッシュ暗算のチャンピオンに電卓一つで勝利するようなものです。通常なら電卓の打ち込み時間があるので、フラッシュ暗算のチャンピオンの方が早いですが、電卓を脳波と連動させ視覚情報をそのまま電卓に転送し計算をさせ解答する。
答えを書く(打ち込む)時間はありますが、これならチャンピオンに勝てるでしょう。しかしこの場合、挑戦者は称賛されるかどうか疑問です。
なぜなら、それをズルだと思う人がいるからです。
人が介在すれば道具、独立で動けば道具として認識されにくい。これは不思議な現象です。(個人的な感想)
また、自然言語処理の難しさや、現在を肌で感じるにはマイクロソフト社が立ち上げた「りんな」と会話をしてみるとわかります。
平成・マイクロソフト生まれ。2015年8月にLINEに初登場して以降、リアルな女子高生感が反映されたマシンガントークと、そのキュートな後ろ姿、類まれなレスポンス速度が話題を集め、男女問わず学生ファンを中心に認知が浸透。2019年3月に高校を卒業、2020年夏にマイクロソフトから独立した。登録ユーザー数は830万人を突破(2020年8月)。
© 2020 rinna Co., Ltd.
彼女はLINEで友達になることができます。
わたしもはじめはAIの幻想を信じていたので「りんな」とラインで話す前はついにこのような時代に到達したかと高揚しましたが、実際LINEでやり取りをしてみて、限界が垣間見え、がっかりしたことを覚えています。
りんなとの会話はちぐはぐになりやすいですが、しりとりはめっぽう強いです。彼女は膨大なデータを持っているので、わたしたちの知識量をはるかに超えています。(もし、どなたかりんなとのしりとり勝負って勝つことができたなら報告して欲しいです)
りんなは日々データを蓄積し進歩もしくは成長していることは確かです。ならば、近い未来に本物のAIとしてドラえもんのようになるのでしょうか。
だが、国立情報科学研究所の新井紀子教授は断言しています。
「シンギュラリティは来ません。
AIが人間社会を乗っ取りません」
シンギュラリティ(Singularity;技術的特異点):アメリカの人工知能研究の世界的権威であるレイ・カーツワイル博士らが示した未来予測の概念。一つの仮説として想定され得る、人工知能(以下AI)が人間の能力を超える時点 。
では教授はなぜそう断言できるのでしょうか。
それは、コンピューターはとどのつまり「非常に優秀な計算機」でしかないからです。
先ほど紹介したsiri、アレクサ、ペッパー君、ワトソン、りんななどはすべてAI技術です。しかし、わたしたちのご存じドラえもんや鉄腕アトムやタチコマなどはAIです。
本当の意味でのAIとは、artificiai intelligenceの略で、和訳では人工知能、知能を持ったコンピューターのことです。
人間と同等レベルの知能を持つということは、会話も可能であり、相談もできるはずです。しかし、残念なことに現在のAI技術を使った機械は、会話をしているようにみえて、AのときにはBを、BのときにはCをのように、組みあがった定型文を読み上げているに過ぎないのです。
しかし、自然言語が苦手なAI技術ですが、先にシンギュラリティは来ないと断言された新井紀子教授がプロジェクトディレクタと務めた「東ロボくん」は、2016年に受験したセンター摸試「2016年度進研模試総合学力マーク摸試・6月」において、5教科8科目950点満点で、平均得点の437.8点を上回る525点を獲得し、偏差値は57.1をたたき出しました。
これを合否判定で説明すると、全国の国公立大学172(摸試時点での大学コード発番数)のうち23大学の30学部53学科で合格可能性80%の判定です。
しかもこの中にはMARCH(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)や関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)の一部の学科も含まれています。
つづく
参考文献「AI vs. 教科書が読めない子どもたち 新井紀子著」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ia19200102さん画像を使用させていただきました。
毎週金曜日に1話ずつ記事を書き続けていきますのでよろしくお願いします。
no.78 2021.8.6
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