#74 仕事は楽しい ('_') ?
こちらは#73 明日の自分を探しに行こう(1)の続きです。
それから数分後、ジャックは手洗いから戻ってきた。
あのままいなくなってくれた方が幾分楽な気がしたが、有名なアドバイザーの助言を聞くことのできるまたとないチャンスを、ビジネスマンは無駄にしたくはなかった。
「失礼ですが、あなたは有名なアドバイザーなのですか」
ビジネスマンはおそるおそる聞いてみた。
「あぁ、確かにわたしは多くの起業家の皆さんにアドバイスをしているよ。ただ、君の思う有名な人かどうかはわからないな。僕はただ、皆さんに幸せになって欲しいだけなんだ。
今日も飛行機が予定通り飛んでいれば別の街でたくさんの経営者の前で講義していた。でもそれは叶わなかった。それでも今僕は、君の悲痛な思いを聞いて何か手助けをできないかと考えている。それもまた運命ってやつだ。実に面白いよね。」
「一介のサラリーマンにそんなお言葉はもったいなく感じます。それでも、わがままを言わせて頂ければ、あなたの話を聞かせてください。よろしくお願いします」
そう言うと、サラリーマンは深々と頭を下げた。
「そんなかしこまったことはいらないよ。僕からしてみれば、さっき遊んだ子どもたちとたいしてかわらない。生きることは驚きの連続でできているからね。飛行機が飛ばなかったのは、神様が君に僕を合わせるためだったのかもしれないしね」
白髪の老人はビジネスマンの肩を片手で揉みながら満点の笑みを見せた。
「それでは、ここからは個人講義の時間にしよう。きみの考える成功のための戦略を話してくれ、きみの哲学をね」
彼は強い口調でビジネスマンに尋ねた。
ビジネスマンは自己啓発本を山ほど読んできた。しかし、これぞという戦略は何一つなかった。どれも、似たようなことが書いてあり、どれも自慢のような半生を綴った物語ばかりだからだ。それでも、ビジネスマンは感銘を受けた本の内容を必死に思い出した。
「二つあります。一つ目は、大きな目標を立てること。目的地を知らなければ、どんな方法で自分をより良くすることが必要か分からないためです。そして、目標をしっかりと見定め、自分の人生をきちんと管理することです。二つ目は、他人の成功を範として自分の成功を生み出すことです」
ビジネスマンが話した内容をマックスはA4サイズのレポート用紙に書き終え、それをビジネスマンに見せこう言った。
「これで良いかね。きみの最良の考え方を要約したものかね」
ビジネスマンはそうですと答えた。
「よく見えるところにこれを貼っておきなさい。バスルームの鏡か、冷蔵庫か、机の横でもいい。ただ、渡す前にしておきたいことがある」
そう言うと、ジャックは書き終えたレポート用紙の真ん中にでかでかと×印をつけた。それをビジネスマンに手渡すと、新しいレポートに大きな文字で短い文を書いた。それを剥がしてビジネスマンに渡して言った。
「これを一枚目の横に貼っておくこと。いいね?」
そこにはこう書かれていた。
「試してみることに失敗はない」。
個人レッスン
ビジネスマンは困惑した。有名で有能なアドバイザーはきっと納得のいく方法を提示してくれると思っていたからだ。それをビジネスマンがひねり出した成功の哲学にでかでかと×を書き、その上「試してみることに失敗はない」とこれまた成功とは無関係と思われるようなフレーズが飛び出したためだ。
「まずは君の話してくれた成功の戦略を書いた紙を出してくれ」
ビジネスマンは言われるがままに一枚目の紙を取り出した。
「僕はこれまで、仕事上のあらゆる問題は<情熱>があれば解決すると繰り返してきた。大好きな仕事をしているなら、人は何時間働いても苦にならないし、問題を解決することが楽しくてしょうがないってことは、創造力に満ちていることだしね。いいアドバイスには違いない。
だけどこれには一つ問題がある。多くの人は、自分がどんな仕事が<大好き>か、どういう仕事をこの先ずっと、毎日、朝から晩までしたいかわからないことだ。
たいていの人は、自分には夢中になれるものがないということを、なかなか認めない。だから、情熱を陳腐なものとして扱ってしまう。そして、いつしか不感症になって情熱を失ってしまう。
僕が伝えたいのは、理想の仕事についてちゃんとした考えを持っていないのなら、物足りなさや取り残されたような思いを抱くだろうってことなんだ」
「じゃぁ、これぞと思う仕事に就くことができれば解決するかといえばそうじゃない。油断は禁物だ。世界の至る場所で、人々は精神科医のところへ詰めかけ、【ずっとしたいと思っていた仕事をしているのになぜか幸せじゃないんです】っていうんだ。そういう人は、計画を立てることに依存しすぎてる。僕は<目標の弊害>と呼んでいる」
ビジネスマンはジャックの言うことを今一つ理解できなかった。それを気づいたのかジャックは具体的な名前をあげた。
「日本で有名なミュージシャンBzの稲葉くんは、もともと教師を志していたけど、大学在学中に松本くんに誘われて、ミュージシャンになり今に至っている。
映画監督の北野武さんは、明治大学工学部(後の理工学部)機械工学科に現役合格し入学した。しかし大学2年の時、家出同然に一人暮らしを始め、新宿界隈で当ての無い日々を送るようになって、お笑い芸人の見習いから、漫才師になり、そこから映画監督へと変貌をとげた。
元リクルート社員の藤原和博氏は、【たった一人からの教育改革】を旗印に自治体の教育委員会の教育改革担当を経て、東京都における義務教育初の民間人校長として杉並区立和田中学校に赴任したよね」
「彼らは皆、計画的に人生を歩んで成功したのかな。少なくとも僕にはそう思えない。彼らはみんな、人生のある時点で仕事に対する目標を変えた人たちだ。」
「頭のいい人がする一番愚かな質問は【あなたは五年後、どんな地位についていたいですか】というものだ。ありがたいことに、僕はこの四十年間、採用面接を受けたことがない。僕はこの先、いまとは違う人間になっていこうと思っている。だけど、今から五年後に<どんな人間に>なっているかなんてわからないし、<どんな地位>についていたいかなんてことは、わからないよ」
ビジネスマンはジャックの言うことが現実的に役に立つものとは思えなかった。聞いているうちに絵空事のように感じ反論した。
「お言葉ですが、目標がなければ、進歩の度合いをはかることができないと思います。それでは軌道修正ができずより良くなることなんてできないようにわたしには見えます」
「僕たちの社会では、時間や進歩を直線的に見る傾向があるんだ。直線的に見れば楽だからね。ほら、学校ではそう教えてくれるだろう。元々学校は、工場で生産活動をするための人を教育するための施設でもあった。だから、規則正しく同じ行動をできるように画一的思想を教え込むんだ。
だけどね、人生はそんな規則正しいものじゃない。規則から外れたところでいろいろな教訓を与えてくれるものだ」
「目標を設定すると、自己管理ができているような気がするものだ。たいていの人は、マンネリ化した生活から抜け出すために目標を設定する。だけどね、今日の目標は明日のマンネリなんだよ」
ビジネスマンはそれを聞いて、どこか恥ずかしい思いになった。
「僕がいままでに掲げた目標が一つだけある。それは【明日は今日とは違う自分になる】ということだよ」
そう言って、ジャックはビジネスマンにウインクをした。
「おやおや、どこか腑に落ちないようだね。それも無理はないね。だって君は今までの価値観を全否定されているのだからね。でもね、考えてほしい。君を今縛っているものは、今まで君が信仰してきた思想だってことにね」
困惑と期待感の混じる不思議な感覚にビジネスマンはなった。一方では否定的でありたい自分がいて、一方では解放されつつある自分もいる。2人の自分がせめぎ合っている。
「僕の言っていることは意外と簡単じゃない。なぜならそれは、ただひたすら、より良くなろうとすることだ。人はね、<違うもの>になって初めて<より良く>なったことに気がつく。それも、一日も欠かさず変わらなければならないんだ。僕の言っているマンネリの打開策はとんでもなく疲れる方法だ。だけど、聞いただけでわくわくするだろ」
「昨日とは違う自分になる。これはある意味進化ともいえる。僕たち人類は、今まで多くのチャレンジをして今日まで辿り着いた。その中のほとんどは、失敗に終わっていたのだろう。
それでも、奇跡的ないくつかのことが上手くいって僕らは世界に生きている。たくさんの失敗が、数少ない成功を生み出したともいえる」
「意外かもしれないが、つまりは偶然なんだよ」
ジャックはそう言って笑った。
つづく・・・かもしれない
*終わらなそうなのでスキが5個以上ついたらまた続きを書きます。
参考文献「仕事は楽しいかね? ディル・ドーテン著」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
himeさん画像を使用させていただきました。
毎週金曜日に1話ずつ記事を書き続けていきますのでよろしくお願いします。
no.74 2021.7.9