ニューカッスル、大いなる挑戦
マグパイズがアツい。厳密に言うとハートはアツアツに燃えていながらも、頭は極めて冷静に、焦る事なく先を見据え、着実に力を付けている。
石油産業や不動産業界などで大きな成功を収めた大富豪が、私財を投じてフットボールクラブを買収し、潤沢な資金を元に次々と有名選手を買い漁り、スター軍団を形成する。サッカー界にごくたまに発生するマネームーブメント。
チェルシーにマンチェスター・シティ、そしてパリ・サンジェルマン。巨額の資産を誇るオーナーに支えられ、瞬く間に世界屈指の強豪へと成長を遂げた金満クラブ。2022年の今日において彼らがフットボールの最前線に君臨している事は言うまでもなく、遠く離れた日本においても絶大かつ圧倒的な人気を誇る。
そんなリッチマンに支えられてビッグクラブへ成り上がらんとする大いなる挑戦に、新たに名乗りを上げたのが、皆さんご存知ニューカッスル・ユナイテッド。
「ニューカッスル・パブリック・インベストメント・ファンド」という名の投資グループに買収され、ついにマイク・アシュリーの魔の手を逃れたマグパイズ。サウジアラビア政府が直接的に関与する彼らの新たなオーナーの総資産額はまさに天文学的数値だ。
その額はシティのシェイク・マンスール氏やチェルシーのアブラモビッチ氏を優に上回り、実に日本円にしておよそ48兆円以上。
ムバッペやネイマールのビッグディテールを成功させたあのPSGのアル・ケライフィ氏率いるカタール政府の投資グループすらを凌駕している事実を踏まえると、いかにニューカッスルの新たな後ろ盾が規格外な存在であるかを再認識できる。
彼らがニューカッスルを買収を発表した際、世界中のサッカーファンが新たな金満クラブの誕生に大いに沸いた。実際僕もメディアが報じるスター選手の獲得報道に浮き足立ち、冬の移籍市場で彼らが大盤振る舞いを見せる事に期待を寄せた。
前述した通り、チェルシーやシティがその手法でのし上がり今の地位を確立したように、リッチなオーナーを迎え入れたクラブはほぼ例外なく、その豊富な資金力を武器に他が羨むほどの積極的な補強を敢行し、スカッドの強化に力を入れる。
チェルシーがツェフやドログバを、シティがアグエロやダビド・シルバを迎え入れたように、ニューカッスルがその系譜を踏襲する事に期待が寄せられた。
だがその周囲の期待とは裏腹に、サウジの新オーナーを据えたマグパイズのフロントは、スター選手の獲得には関心を寄せる事なく、地道にチームを強化するプランに舵を切った。
マイク・アシュリーを追放した時点でニューカッスルが降格圏に沈み、移籍市場で優位に交渉できる立場になかった事も事実。しかしそれを踏まえた上でも、彼らの財力を持ってすれば、ビッグクラブに在籍する名の知れた人気選手の獲得に漕ぎ着ける事は決して不可能ではなかったはず。
しかしプレミアリーグの冬の移籍市場において、彼らはメディアが盛んに報じていたようなビッグディールを成立させる事はなかった。
それどころか、新監督には弱小ボーンマスを率いて確かな足跡を残したエディ・ハウを迎え入れ、その彼の指導や戦術を熟知するキーラン・トリッピアーやバーンリーでターゲットマンとして奮闘したクリス・ウッドを獲得。
さらに移籍期限終了間際に、アストン・ヴィラからマット・ターゲットを、ブライトンからダン・バーンを滑り込みで引き抜き、終いにはリヨンからブラジル代表の逸材ブルーノ・ギマランイスの獲得にも漕ぎ着けている。
「銀河系」的な華やかさとは無縁ながらも、プレミアで十分な実績を持つ指導者と経験豊富な実力者を加え、現時点であくまで残留が最優先である事を強調するような、実に「最善手」と呼ぶに相応しい堅実な手法を選択。
憎いのは、最下位に沈むバーンリーからウッドを引き抜いている点だ。中位のアストン・ヴィラからターゲットをレンタルで獲得した事も同様に、チームの強化とライバルとなるクラブの弱体化を同時にやってのけた仕事ぶりには、改めて残留に向けた並々ならぬ覚悟が窺い知れる。
これまた皆さんご存知の通り、プレミアリーグの下のカテゴリーであるチャンピオンシップの競争は極めて熾烈で、一度落ちると容易には昇格できない。グーグルで「チャンピオンシップ 順位」と検索すれば分かるように、名前に見覚えのある、かつてプレミアの舞台で戦っていた多くのクラブが、今も苦戦を強いられている。
それだけにニューカッスルとて、降格してしまうとどうなるかは分からない。一部リーグの舞台から姿を消したクラブは、選手に対する求心力を失い、移籍市場で思うように補強をする事ができなくなる。また放映権などの収益面においても、やはりプレミアとチャンピオンシップでは大きな差がある。
ニューカッスル・ユナイテッドは21節を消化した時点で勝ち点15の19位。依然として降格圏を抜け出せずにいる。残留圏に位置するノリッジやエヴァートンとの勝ち点差はそれほどなく、まだ悲観的になる必要はないものの、一方で楽観視できる状況にない事もまた事実。
しかし個人的には、ニューカッスルはサウジのオーナーを迎え入れて以降、確実に良い方向に進んでいるように感じる。現有戦力を活かしながらもウイークポイントには適切な補強を敢行し、新体制のチーム作りに最適な援護射撃を行ってきた。
もしフロントが大金を手にした事で血迷い、噂されたウスマン・デンベレやサミュエル・ウムティティなど、ビッグクラブの控えに甘んじる、評価が下がり目の選手に手を出していれば、確実にチームバランスを崩していた。その意味でも、同じ事を繰り返すようだがニューカッスルの冬の戦力補強は実に理に適っていた。
仮に残留を達成した場合、来シーズン以降は一気に欧州カップ戦出場圏内を狙って大型補強に打って出る可能性は大いにあるが、堅実的にチーム強化を行うクラブの姿勢を見る限り、彼らがかつてのリーズやQPRと同じ結末を辿る可能性は限りなく低いように思う。
サウジの新オーナーがクラブにやって来て、フロントは最初にクラブの環境を整える仕事に着手した。マイク・アシュリーが放置し続けた選手達の練習設備は劣悪そのもので、クールダウンのために欠かせないプールが何と子供用のサイズであったと言う。プレミアの舞台で戦う選手達が、水深の浅いプールで身体の疲れを取れるはずがない。
かつてシェイク・マンスール氏は、シティを買収した際に、真っ先にクラブの環境改善に力を注いだ。トップチームは勿論、アカデミーや女子チームも含めて、クラブ全体の環境を大きく向上させ、クラブで関わる全ての人にとって快適で魅力的な環境を作り出した。
今や絶対的なプレミア王者として君臨するマンチェスター・シティの足跡と同じように、ニューカッスルは確かな道を歩み出した。残留に向けて厳しい状況である事に変わりないが、フットボールを理解する新たなオーナーの元で、彼らは間違いなく強くなる。
他クラブを応援するサポーターにとって極めて厄介な存在ではある事に違いないが、世界中のサッカーファンの関心と注目を集める、まさに世界最高峰のリーグであるプレミアリーグに、巨大なプロジェクトを掲げるマグパイズの台頭に、少なからずワクワクしているのは、決して僕だけではないはずだ。
…サッカー記者っぽい口調で書いてみました。読んでいただきありがとうございました。