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実家から緊急避難の大島弓子コレクション達はワンルームマンションのベッドの下に

画像にあるように私の体の半分は大島先生の作品からできており、残りの半分はバイクと車と音楽で出来ています。

まず自己紹介しておくと得意分野は幅広く音楽全般、バイク、車、エンタメ系。
年齢はさんまさんと同学年。
大学では哲学専攻だったので、これはタモリさんと同じ。
そのため死生観にも大いに興味があったりします。

仕事も広範囲に及び出版社の編集者、印刷機メーカーの組立・修理要員、農機具メーカーの営業・組立・修理要員等を全て正社員として勤めて来ました。

教員免許英語・国語・社会の3教科コレクターでもあったりします。
そのため大学卒業後の1年間は高校で今は無き倫理社会科の教師もしていました。

カラオケも得意でポケカラでランキング1位(入院中の現在は2位に下落しておりますが)の曲がQUEENのLove of My Lifeを筆頭に何曲かあったりします。
なお、これらの経歴や数々の実現して行ってくれた夢たちについては、別稿で詳しく記しておりますので、よろしければご探索ください。

そして何と言っても日本随一のコピーライターであり、画家であり、小説家であり、脚本家であり、詩人でもあられる少女漫画界の巨匠・文化功労者・大島弓子先生の大ファンです。

私の中での先生の位置付けは、先生もお好きなフランス画家・象徴主義絵画の先駆者ギュスターヴ・モローの象徴主義の思想を少女漫画に落とし込んだ世界で唯一の作家である、という評価です。奇遇にも彼が悪戯書きで描いた恋人とのイラスト(下掲)が、先生の描く漫画のスタイルにそこはかとなく似ているのはそのメッセージの現れなのでは? と勘繰ったりしています。

約120年前に描かれたフランス画家ギュスターヴ・モローの恋人との2ショット自画像

事の始まりは中学生当時、妹がいたので普通に少女漫画が傍にあり、最初は大和和紀先生の詩的な作品が目に留まりチラ見しておりました。
そうこうしているうちに何の切っ掛けか忘れたのですが、音楽大学受験に失敗しての浪人中に何故か本気で少女漫画にハマってみたくなり、小学校の同級生で当時の片想いの相手でもあった漫画家志望の女の子に、長い手紙を書き綴り、お勧めの漫画家を尋ねてみました。
優しかった彼女は真剣に返事をイラスト付きで書いてくれて、その答えが筆頭に大島先生、そして萩尾望都先生、3番目が田渕由美子先生でした。

ちなみに後に知った話ですが、奇遇にも田渕先生は私が通っていた高校の1年先輩だったのでした。
デビューが1970年ということですので逆算すると16歳の時、そうなると同じ学舎にプロの漫画家が通っておられたことになりますね。
タイムスリップしてお話してみたかったです。
そういえば当時漫研があったのは知っていたのですが、私の中では、フーン、あるね。程度の認識でした。
雑誌リボンの付録だった先生のハード色紙は妹との遺産分与のために取り壊した親の実家から大島先生の蔵書と共に救い出し、今も私の部屋に飾ってあります。

萩尾先生の「ポーの一族」も読んでみましたが、残念ながら私の世界観とはかけ離れ過ぎていて馴染めませんでした。

そして、今振り返ってみるとはっきりとは覚えがないのですが、当時男子が少女漫画を本屋で買うということは、普通に抵抗があって出来なかったはずなので、妹の蔵書の中からやっと探し出したのが大島先生の「ジョカへ・・・」だったと思います。
第一印象は他の作家さん達と比べて目の描き方があまり大き過ぎないこと、その分リアリティを感じて。
ストーリー展開は途方もないものだったにも関わらずです。

音楽から哲学へと興味が変遷して行く途中だったこともあり、ピエロ・サルトルという一登場人物のネーミングのセンスにもやられてしまったのかもしれません。それ以後追っかけ続けて蔵書は増えて行く一方。
そしてその頃には大島先生の作品を読む為なら何の恥じらいもなく、平気で少女雑誌を買えるメンタルに鍛えられておりました。
そして先生の作品達も海外ものから純日本ものに徐々に変遷を遂げて80年代の円熟期を迎えられて行くのでした。

その後目出度くそれなりの有名大学の文学部哲学専攻科に入学出来た私は、大島先生の作品達のその少女漫画という枠を超えた、文学や哲学にも匹敵する表現力の素晴らしさを、同じゼミの学友達に伝え始めるとその感動の輪はまたたく間に浸透して行ったのでした。

日本で最初の少女漫画評論と言われる橋本治氏の「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」の初版発行が1979年なので、我々の7年先輩である橋本氏が8年先輩であった大島先生をその著書の最終章で「ハッピィエンドの女王」と称えたのは、それから数年後のことだったのです。

再度の転居によって再整理された大島タワー

ここで私の大島弓子論を大々的に展開しても良いのですが、それをやってしまうと、膨大な文字数になってしまうことは目に見えているので控えますが、追い追い別稿で一作品ごとの書評を記して、改めて過去に埋もれ行く昭和・平成時代の名作たちを令和の現代の少女たちに限らず、多くの文学好きの読者たちに語り継いで行きたい所存ではあります。

ということで、一人暮らしの私のワンルームマンションには、ちゃんとした本棚を置くだけのスペースもなく、先生の作品のコレクション達は、今なおその輝きを失わないままに、止む無くベッドの下に当時のまま貯めこまれております。
老後私が動けなくなった時に読み返す楽しみのために。


#わたしの本棚

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大島弓子作品の大ファンの私は、先生のご存命中にそれらを英訳して、全世界に向けて啓蒙して行く夢を描いております。そのためには先生の版権譲渡が必要となり、その交渉に赴くための資金を調達したいです。ご賛同頂ける方の、心からのチップをお待ちしております。

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