旅に生きる20180814その2
※旅費は皆様からの投げ銭です。面白かったら投げ銭ください。
集計して次の旅の旅費になります。今回は持ち金ゼロ設定です。
さてさて、伊達市や飯館というこの地は実に重要。
伊達氏発祥の地(最近アニメとかで押してます)だし、北畠顕家の再評価で戦国時代以外の歴史好きにはキュンキュンするお土地柄なんです。
強い豪族や武士の本拠地に神社仏閣あり!
その例に漏れずこの辺りグルグルしてればだいたいご利益コンプリートできちゃう。
ただ検索しても出ないようなところ、案内看板もないところもあります。
そういうところへご案内するのが『旅に生きる』の使命だと思っております。てかそれやらないと旅費もらう資格ないし(;´Д`)
で、選んだのが『月宮神社』
一応帰宅してからググるとwikiはすんごい申し訳程度の記事があった。
しかし現地に案内板はないし、住所を入れないとたぶんたどり着けないカーナビもあるかもしれない。
それに数少ない『ツクヨミ』が主神で客神や同祀がない神社なわけです。
名前そのものの『月読神社』は12社しかないしそれも摂社含むだし、月山とかまたそれ系統だとグッと数は増えますが神仏混合の名残が強いところや複数祀られているうちの一柱だったりして三貴神のわりに扱いが本当に小さい。
やはり『夜』という属性ゆえか、控えめでしゃしゃらないって感じでしょうかね?あとどうしても月や星って農耕に関連する内容が少なかったのもあるんだと思うのですね。
アマテラスの対として、もしくは海で航海する海の民、暦などを重要視する京都の公家関連が中心で普通の日本人にはぱっとしなかったのかもしれない。
で、ここは名前は『月宮』であるが、東北でも数少ない単独メイン張ってるのでけっこう貴重なんだけど・・・・
水が枯れてる。ちなみに民家の横、というか玄関の真ん前に立地しております。虫採りの子供がサンダルをバタバタさせながら走ってきそうなほど長閑な風景だが見事に人の気配がしない。犬が盛大に吠えているくらい。
紙で書いて張っちゃったよ・・・・(;´Д`)
まあとりあえず登ります。本当にちょとした斜面に建ってるだけです。裏は畑でそっちにはなだらかな道で登れます。
ただ小さいけれども荒れてないし、とても手入れをされているのがわかりますです、はい。
敷地が小さくて全体が撮影できないほど狭いんですが立派な造りです。
暦って昔は地方で違ったものを使っていたりしたんです。
世界史だと暦の変更は高校生の教科書や資料集にも載っているじゃないですか?
ところが日本史だと暦についてって義務教育から高校まででは習いません。そりゃ今はグレゴリオ暦を使用しておるわけです。これは純正国産暦ではありません。
それにこの世界標準とも言えるグレゴリオ暦を使用していない国や地域もあるわけです。
「なんでよ?」って言うと暦自体、太陰暦なのか太陽暦なのか、どこで閏月を挟むのかとか仕組みはたくさんあれども、
『その地域(世界)の時間の流れの法則』なわけです。
だからローマ暦・フランス革命暦・スウェーデン暦・ソビエト連邦暦のような『国の仕組み』で作られた暦以外はほぼ『宗教がらみ』でございます。
なぜって宗教は『科学』ですから。
今も数学者や物理学者でも信仰篤い人はたくさんいます。
彼らからすれば
『法則や定理が神』であるわけです。ちょっと過激ですが方向性的には
マリリンマンソンの発言が近いんでないかな?
マリリンマンソン「俺は本当の神を恨んだことはない。俺が恨んでいるのは人々が信じる神だ」
↑
これな(´_ゝ`)
で、暦という大切な制度を決めるってことは『神の定理』であると同時に
『それを制定した人間の権威』でもあるわけです。
神を崇め主導している人や教団が神と同じような畏敬を受ける、受けようとするのはまあ世界共通の欲望なようです。
で、日本は天孫である天皇が納める国ですから(この形は今も変わってないんですよ~。勘違いする人多いですが実権がないだけで立憲君主制です。イギリスもそうでがしょ?なのでここにガタガタ文句つける人はちょっとおかしいし、逆にこれをことさら強調しようとする右翼は歪なんです)
暦は朝廷のお仕事になります。
八幡造になるんでしょうか?
壁などがありませんが前と後ろがつながっております。
ここはすごく見やすいというかむき出しなんですけどこれがどの建築様式になるのかはちょっとわからないのが悔しい。
で、暦について日本は最初中国暦を使用していたわけです。もちろんそれを決めたのは天皇なので国公式です。これが『宣命暦』、
ただ信長が朝廷に改暦を迫った『三島暦』とか『江戸暦』『会津暦』『大阪暦』『薩摩暦』など地方限定で使われていたものがあります。
ただ地方暦も各地の『有力神社が発行、もしくは関わっている』のがほとんどでやはり『神威』というバックボーンがあるから使われていたわけです。
その地方の農業や行事に合った暦で便利であっても、それを規則をまとめて発布するには『ご神託』が必要なわけです。
しかしそれでも昔は日の出から日没までに仕事や用事を済ませるしかないわけです。
夜はあやかしが出て呪いが飛び交い、人斬りや盗賊が跋扈する『忌むべき時刻』だったわけです。
月を愛でるのはお月見の時だけであって、やっぱ夜は寝るしかないわけです。
しかし月の満ち欠けで『一か月』が動いたわけですし(だから1日は暗いに決まってるし15日は満月に決まってる、と)月を意識してなかったわけではないんです。
むしろ今よりも当たり前すぎて『意識してることをわざわざ再認識する必要もない』状態だったんじゃないかと思います。
夜も移動しなければいけない仕事、忍者とか盗賊とか樽廻船とかの人は時刻や方角を知るために月や星は身近だったんだと思います。
これ権現造と言えなくもないの?・・・・・
わからんよ
で、こういう小さい神社ながら畑に囲まれ人家がすぐ横なわけですから、
この近辺に月を意識した人がいたのでしょうね。
明治になり暦が統一されても神明暦のようにいまだに使われているモノもあるわけです。
何気なく、いつも『ある当たり前』って忘れやすい。
誰が最初なのか?とかどうやって使うのか?とか。
でも長屋のトイレとか下世話なモノも絵や文章で残してくれていて、さらにそれを真面目に調べてくれる人がいるから忘れないですむんですよ。
消えそうなモノって消える寸前にやっと識別できる。
廃線になる鉄道しかり、絶滅危惧種しかり。
常日頃からアンテナを張っておくってのは大切なのかもしれませんね。