📙珠玉の本とワールドカップ⚽
中東カタールで熱戦が繰り広げられているサッカーワールドカップ。テレビやネットでも盛んに取り上げられ、日本チームの奮闘ぶりもさることながら、スタジアム席のゴミ拾いをする日本人サポーターの話題など「エライなあ」と感心させられる。
が、せいぜいその程度で、私自身はテレビ観戦はしない。あとで結果を知り、「よく頑張ったね」「惜しかったね」と思うくらい。
ワールドカップの舞台に立てるだけで大したことだから、監督にも選手たちにも静かにエールを送るだけ。熱狂的なサッカーファン(にわかファンも含め)からすると、かなり冷めたヤツかもしれない。
そんな私だが、このワールドカップという大会、そこで頂点を目指して戦うすべての選手たちへ”畏敬の念”を抱いている。サッカーをする人間にとって、そのピッチに立ち、戦い、優勝カップを手にすることがどれほど大きな夢で、おそろしく困難な道なのか――ある小説から学んだからだ。
その小説とは『キーパー Keeper』(マル・ピート著 評論社刊)。
最初に読んだのは7~8年前だろうか。鮮やかなグリーンの表紙に惹かれ、図書館の洋書コーナーで手に取った。内容を知らずに読み始め、読み終えたときには天から光が降り注ぎ、やわらかい祝福を受けた気がした。
それはまるでサッカーに無関心で、ワールドカップなど素通りして生きてきた無知な人間に、サッカーの神様がほほえみかけてくれたような……。
物語は辣腕スポーツ記者と選手のインタビューから始まる。
当代きってのゴールキーパーと称されるエル・ガトー。ワールドカップを制したばかりの名プレーヤーだ。
長年の友人でもある記者はこの独占インタビューに並々ならぬ熱意を傾けている。記事をモノにできれば間違いなく新聞はバカ売れし、臨時ボーナスも出るだろう。いや、何より優れた記事を書くのが彼の仕事であり使命なのだ。このピッチでは自分が主導権を握り、成功のゴールを突破しなければならない。
が、当のガトーが語り始めたのは、思いもよらない幽霊話だった。
南米ジャングルの奥地で生まれ育った少年。貧しい樵の息子で、不器用ゆえに「コウノトリ」と呼ばれ、子ども同士のサッカーでも仲間に入れてもらえない。仕方なく時間つぶしにジャングルの森へ足を向け始め――摩訶不思議な人物『キーパー』と出会うのだ。
ひと言でいうとこの小説は美しい。そして、切なくも深い。
登場人物も自然の情景もサッカーの描写もすべてが丁寧に、綿密に描かれている。生と死がせめぎあうおそろしくも神秘的なジャングル。気づけばその奥にぽっかりひらけた空き地に私も立ち、ガトーと一体になってゴールを守っているのだ。
『キーパー』の見事なボールさばきに翻弄され、跳ね、転び、ボロボロになるまで痛めつけられるガトー。恐れ、嘆き、涙を流して悔しがり、落ち込み、ときにはふてくされつつも『キーパー』との特訓に通い続ける。
彼を応援し、その葛藤と成長を見守りながら、私も少しずつサッカーやキーパーの奥深さを学んでいく。サッカー経験者なら間違いなく共感し、吸収できる箇所が多いはずだ。
『キーパー』のいる森を離れ、プロ選手として長い年月たゆまぬ努力を続けたガトー。ついに念願のワールドカップのトロフィーを手に入れた。
そして彼は――。
この美しい物語はラストで意外な(いや、もっともしっくりくる)展開を迎え、静かに幕を下ろす。まるで優れた映画を観終えたような感動を残して……。
今回ワールドカップの開幕に合わせ、この本を再読した。
さあ、世界の頂点に立つのはどのチームだろう。
実際の試合を観戦せずとも――この珠玉の本の世界に身を浸すことが、私なりのワールドカップへの敬意の示し方だと思っている。
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