あの日わたしは、サンタになりきれなかった。
「うちんち、サンタさん遅れて来るねんて!」
クラスの子どもたちが、休み時間に何人かでわたしの机の周りに集まり、クリスマスにサンタから何をもらうかの話をしている時だった。
当時担任を受けもっていた、Nちゃんが笑いながら、さらっとそう言った。
「え〜クリスマスに来えへんのー?へんなのー!」
とそれを聞いて、横にいたSちゃんが不思議そうな顔をする。
「待つ楽しみが、大きくなっていいやん!
ねえ、Nちゃん!」
わたしは、丸つけから顔をあげ、笑ってそう言った。が、内心ぎゅっと心臓を掴まれたような気持ちになった。
「お金、期限に間に合わないと思います。すみません、、、。」
耳に残っているのは、数日前の申し訳なさそうなNちゃんのお家の方の声。
義務教育は、基本的には税金で賄われてるとはいえ、給食費や教材費、PTA会費などはその対象ではない。
こんなことを言ってはあれだが、その時の額は数千円、わたしからすると、さほど大金とは言えない額だ。
その数千円を工面するのに、苦労されているのか、、、すでに家庭環境を知っていたとはいえ、複雑な気持ちになった。
クリスマスの朝、目覚めると子どもたちにはサンタクロースからのプレゼントがある。
世間にとって、さも当たり前になっているクリスマスの風習は時として、残酷だ。
「クリスマスの日には、サンタさん来れないけど、遅れてちゃんと来るからね。」
きっと楽しみにしているだろう彼女に、
その日に、がっかりしないよう、心の準備をさせるために、お家の方は、そんなことを言ったんだろう。
そのときのお家の方と、それを受け入れ、健気に振る舞う彼女の胸の内を思うと、なんとも切ない。
明日は、クリスマス、終業式。
間違いなくクラスで、子どもたちの間でプレゼントのことも話題に上るだろう。
わたしに出来ること、何かあるんだろうか。
あることを、思いつき、色とりどりのチョークを手にする。
そして、戸棚をがさごそと覗く。
わたしはなかなかアイデアマンだな、と自画自賛し、にんまりした。
・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
そして翌朝、クリスマス 終業式の日。
教室に前に来ると、子どもたちが何やら、わあわあと騒がしい。
自然と上がる口角を、平然を装った顔で、ひた隠し、いつものように、ドアを開ける。
「先生、なんか書いてある!!!!」
「英語やから読まれへん!」
「これ、メリークリスマスって書いてあるねんで!」
興奮気味な子どもたち。
「え〜なにこれ??」
わたしは、黒板を見て、目を見開き、すっとんきょうな声をあげた。
「えー先生書いたんやろ??」
「知らん知らん!!だって、こんな綺麗に英語書かれへんもん!それにしても、何て書いてあるんやろうなあ、、ちょっとは英語読めるから、読んで訳してみるわ、え〜なになに、、、?」
たどたどしく英語を読み上げ、少しずつ訳していく。
Merry X'mas.
You did your best for the second semester.
(2学期、よく頑張ったね。)
I was always watching that effort from the sky.
(わしは、いつもその頑張りを空から見守っていたぞ。)
So I'll give you presents!!
(だから、君たちにプレゼントをあげよう!)
昨日の放課後、この言葉は英語でどう綴ればいいんだろうと、調べながら書いた。雰囲気が出るよう筆記体でだ。
赤、黄、緑、青、紫、茶、あるだけのチョークを駆使して描いたのは、ツリーとサンタクロースとプレゼントの絵。
「えっプレゼント、、、?うわ!!なんか入ってた!!」
なんて言いながら、いそいそ、と昨日教卓の中に仕込んでいた、包装された包みを3つ取り出す。
、、、今この瞬間のわたし、何か名誉ある女優賞をもらったっていいんじゃない?
プレゼントを開ける係のうちの一人は、もちろんNちゃん、と決めている。くじ引きも細工済みだ。
包装を解くたびに、わいわいと歓声や反応が重なってゆく。
「おーめちゃある!使っていいの?」
「かわいいやつもある!」
ー学級費で買ってあった、折り紙。
「なんで、サンタさんうちのクラスのが、もうぼろぼろやったん知ってるん!笑」
「新しかったら、やっぱり消しやすいんかな。」
ー事務からもらった学校備品、黒板消し。
「やったー!自由に読んでいいの?」
「オレも読みたい!」
「借りて家で読むのはあり?」
ー最後は、学級文庫に置くつもりで、買っていた数冊の絵本や本。
プレゼント、といっても、おもちゃを包むわけにはいかないし、元々クラスで使う予定だった物たち。
そんな何でもない物たちだけれど、無邪気に喜ぶ子どもたちを見て、やって良かったなあ、なんて、頬がゆるむ。
*・*・*・*・*・*・*・*・*
けれど実は、特別にもう一つだけ用意していた
ものがあった。
手のひらに乗るほどの、のほほんとした顔の木のサンタクロース。
「預かっているものがあるんだけど。サンタさんが、いつも友だちに優しいNちゃんに渡してって言ってたよ。」
そう言って、これはこっそり渡そう。
本物のサンタが来るまで、さみしい思いをしないための仮のサンタになろう。
と、思って朝、家を出る前にズボンのポケットに忍ばせてきた。が、時間が経つにつれ、
渡すの「みんなに秘密やで。」って言ったとしても仲の良い友だちに話しちゃう気がするなあ。
友だちに話したが最後、
「Nちゃんだけ、ずるい。わたしも欲しい。」
なんて非難轟々だろう。
ないとは思うけど、お家の方から、
「どういうつもりですか?」
なんて、電話が来たら、なんて返そうかなあ。
なんて、あらゆる可能性を考えていたら、そうなったら面倒くさいなあ、なんて気持ちが、むくむくと湧いてきた。
今朝、Nちゃんも良い笑顔で喜んでいたし、まあこれは渡さなくっていっか。
そう、理由づけ、子どもたちを帰した。
*・*・*・*・*・*・*・*・・
家に帰って、ポケットの中で、わたしと一日を過ごし、体温を持ったサンタを取り出す。
ーそれで、良かったの?
サンタのつぶらな瞳が、机の上からそう、問う。
Nちゃんを含む、クラスの子どもたちは、
このサプライズを喜んでいた、とは思う。
けれどあくまであのプレゼントは、クラスの物、だ。
個人的なプレゼントではない。
Nちゃんにとって、家に帰ったら、何もないという事実には変わりないのだ。
周りの友だちが、クリスマスに当たり前にもらう「プレゼント」を彼女も欲しくないはずはない。
そもそも、「これは絶対に、2人の秘密ね!」
って言えば、彼女は、秘密を守ってくれた気がする。
お家の人にも、もし聞かれたとしても、休み時間の会話も含めて、喜んで欲しかったと、正直に話せばわかってくれた気がする。
プレゼントは、誰かのためを想った「愛」が
形になったもの。
家庭の複雑な事情と自己肯定感の低さを抱えた彼女にとって、自分を気にかけてくれる人がいた、という事実を表す思い出は、
今後生きていく上での、光の一つになったかもしれないのに。
ーたとえ歳を重ねて、サンタの正体に気づいたとしても。
ごっこ、じゃなくて、
最後まで、サンタをやれば良かったな。
そもそも黒板のも、あの子のサンタになりたくて思いついたことだったのにな。自分のしたことは、所詮、自己満足に過ぎなかったのかもしれない。
手のひらに乗る小さなサンタは、外気にさらされ、徐々に温もりを消してゆく。
ーわたしは、サンタになりきれなかった。
Nちゃん、今朝は楽しい気持ちで朝を迎えられたんだろうか。
子どもたちみんなが、そんな気持ちで朝を迎えられる、そんな世の中になればいいなあ、
とぼんやりと思った、クリスマスの朝だった。