勝手にカバーソング~翻唱天堂ヘようこそ!~
私は「広東語カバーソング事典 日曲粵詞翻唱大典」https://www.facebook.com/CantoneseCoverSongs/
というFacebookページを主宰しています。
なにそれ?と思われる方がほとんどでしょう。
このFacebookページでは、日本の曲に広東語の歌詞をつけたあらゆるカバー曲を、歌手のあいうえお順に掲載しています。
ページの開設はまだ2年ほどで日が浅く、フォロワーさんも50人ちょっと(2/7/2021現在)しかいないのですが、仕事が休みの時に随時アップデートしています。これまで700曲以上を紹介し、最近「か」の項目に着手しました。
それでもまだまだ先は長く、現在カバー曲と判明しているものだけで全2200曲以上、調査中のものもありますので、最終的に2500曲を越えるであろう事は想像に難くありません。
情報収集にはネットも多用しますが、間違いも散見されるため原曲とカバー曲を必ず聴き比べることを必須としています。
ご承知の方も多いと思いますが、かつて香港は海賊盤天国、カバー曲天国でした。
昔の香港の海賊盤レコードは、とりあえず本物を一枚買ってきて型取りして、塩ビを流し込んで完成という恐ろしく雑で荒っぽい作り方をしていました。音質は推して知るべしですね。
しかし、編集・ダビングが容易で音質も安定しているカセットテープの出現によって、海賊盤レコードはすっかり駆逐されてしまいました。
私が香港に足を踏み入れた1978年でも、版権無視と思われる状況がまかり通っていました。
もっとも当時のアジア地域は香港に限らず、著作権管理の法律が未整備の国が多く、彼らの国内法では違法とは言えないことも多々ありました。彼らから見れば外国である日本の曲など、どうしようと勝手だったわけです。
かつて香港のポップミュージックは大きく分けて北京語(Mandopop)、広東語(Cantopop)、英語がありました。
母語が広東語にもかかわらず、70年代までは北京語が普通、広東語が庶民的でやや下品、英語は若者が好むカッコいい歌というイメージを持たれており、広東語ポップスの地位は一段低いものでした。
しかし、70年代半ばころからは広東語ポップスが急速に力を付けはじめ、その地位も向上しつつありました。結果的に今では英語ポップスはほとんどすたれてしまっています。
この時期には、日本の曲に広東語の歌詞をつけて売るのが一つのビジネスモデルとして成立していました。せまい香港では作曲家の数は限られていて、需要を賄いきれなかったからですね。日本の作曲家の貢献度は半端ないです。
こうして社会の流れが広東語ポップス中心になっていたので、78年から3年ほど香港に暮らしていた私も自然な流れで広東語ポップスを聴くようになりました。
さて、私が一番最初に聴いた広東語カバー曲は千昌夫「北国の春」のカバーで、薰妮Fanny Wang「故鄉的雨」です。1979年にリリースされた同名のアルバムA面一曲目に入っています。「北国の春」を広東語で唄っている人がいる、と聞きつけてこのカセットテープを買いました。
薰妮「故鄉的雨」
実はこのアルバム、カバー曲だらけだったんです!
ほかの曲も紹介しておきます。
A面
1. 故鄉的雨 → 千昌夫「北国の春」
2. 難辨我方向 → 三橋美智也「おさらば東京」
3. 未明你的心 → 吉田真梨「水色の星」
4. 想也想不到 → 残念ながら曲名失念。洋楽カバーです。https://youtu.be/tNylbv6Mkk
5. 讓夕陽照耀 → ジュディ・オング「美しい伝説」
6. 紅燭淚 → 粵劇映画「搖紅燭化佛前燈」の挿入歌で、原題は「身似搖紅燭影」。多数のカバーがある模様。
B面
1. 前程在手裏 → オリジナルです。
2. 願我似浮雲 → チェリッシュ「ペパーミント・キャンディー」
3. 往日夢 → 杉田二郎「息子」(フレディ・アギラ「ANAK」のカバー)
4. 偏偏想起你 → ジュディ・オング「Tokyo…0051」
5. 假面具 → カーペンターズ「マスカレード(Masquerade)」
6. 可惜愛非所愛 → 森昌子「春の岬」
入手当時は気づかなかったのですが、なんと12曲中11曲がカバー曲でした。どうも1~2曲どこかで聴いたことがあるような気がしていたんですよ。演歌っぽいし。いや演歌だし。
この「故鄉的雨」は薰妮以外に中国やマレーシアなどを含め多数の歌手が後追いでカバーしています。確認できているだけでも張偉文Donald Cheung、鄭子固Kenny Cheng、鍾文康Tommy Chung、曼里Money、潘秀瓊Poon Sow Keng、劉德華Andy Lau、 陳佳Jia Chen、楊明Mat Yeung Ming、劉珺兒Evon Low、劉亮鷺がリリースしています。言うなればカバー曲の「再カバー」です。
「北国の春」の広東語カバーには、別タイトル別歌詞で劉珺兒「情深海更深」、楊明「情深一片」という曲もあるのですが、劉珺兒と楊明は「故鄉的雨」も唄っているので2種類の広東語版「北国の春」を唄っているということになります。
薰妮の「故鄉的雨」は香港中でヒットしたのですが、「北国の春」のカバー曲としては台湾の余天「榕樹下」(標準中国語。北京語とほぼ同じ)などと共に、アジアで最も早くリリースされた部類に入ります。これ以降「北国の春」のカバー曲は、中国及びアジア一帯にそれぞれの地域言語で広まって行きました。
すべて確認できているわけではありませんが、ほかの地域言語の情報として台湾語、客家語、潮州語、海南語、チベット語、モンゴル語、タイ語、ベトナム語、ミャオ語、インドネシア語、朝鮮語、英語、ポルトガル語の各バージョンがあります。
千昌夫の広東語カバー曲にはほかに「星影のワルツ」があり、こちらも薰妮「小樓聽雨」と麗莎Lisa Wong&葉家盛Ye Jia Sheng「星夜的離別」の2種があります。さらにその再カバーもありますし、標準中国語と台湾語のカバーもあります。
このころから香港ではカセットテープの品質が徐々に良くなってきた感じですし、バックのオーケストラも少しは聴けるようになって来ました。以前は中学生バンドみたいな演奏で、素人が聴いてもお世辞にも上手いとは言い難いレベルでした。レコード会社(永恆唱片)はコレでさぞかし儲けたんでしょうね。
しかし、薰妮のヒット曲はこれが最初ではありません。「每當變幻時」というこれまたカバーのヒット曲があります。実はこちらのほうがデビュー作で、「故鄉的雨」よりも売れました。
薰妮「每當變幻時」
「每當變幻時」は同名のアルバムA面一曲目に入っています。このアルバムは薰妮と馮偉棠James Fungの二人が別々に唄うという、日本ではまず見かけない構成です(一曲だけデュエットもあります)。
ジャケット写真は薰妮しか写っていないので、彼女をメインで売りたいんだろうと思われますが、実際のソロ曲数は薰妮が4曲、馮偉棠が7曲なのはなぜだろう?
そしてアルバムの全曲がカバー曲でした。
A面
1. 每當變幻時(薰妮)→ 渡辺はま子「サヨンの鐘」
2. 在你與我之間(馮偉棠)→ 西岡たかし「上野市」
3. 盡興今宵(薰妮)→ 桜田淳子「はじめての出来事」
4. 飲杯飲杯飲杯勝(デュエット)→ オリジナル・キャスト「天使の兵隊(One Tin Solder)」
5. 人生多變幻(馮偉棠)→ 巨人三重唱「飛渡捲雲山」(映画「飛渡捲雲山」テーマ曲)
6. 珍惜好時光(馮偉棠)→ ポール・アンカ「Times Of Your Life」
B面
1. 飄零夢(馮偉棠)→ かぐや姫「赤ちょうちん」
2. 回頭望(薰妮)→ しまざき由理「追想」(ドラマ「Gメン'75」エンディングテーマ)
3. 遺言(馮偉棠)→ ピーター・ポール&マリー「Monday morning」
4. 愛的呼喚(馮偉棠)→ 山口百恵「夢先案内人」
5. 天賜良緣(馮偉棠)→ ダスティ・スプリングフィールド「二人だけのデート(I only want to be with you)」
6. 初初相識(薰妮)→ ほりえみつこ「いっしょに小石を拾いませんか」(ドラマ「五街道まっしぐら!」オープニングテーマ)
このアルバムの発行元は「故鄉的雨」と同じく地元資本の永恆唱片なので、歌詞カードに作曲者の名前が一切書いてありません。おかげで調べるのに長い年月がかかり、全てカバー曲と判明したのは実は比較的最近のことなんです。
ところでこのアルバム、ちょっと不思議なのは日本であまりメジャーな曲とは言えない「いっしょに小石を拾いませんか」が入っているところです。
この曲は時代劇の主題歌だったのですが、すぐに打ち切りになってしまったので香港で吹き替え放送されたとも思えません。
カバーされる曲は日本でヒットした曲が多いのですが、たまにこういった「一体どこから探してきたの…?」と思うような曲が見つかるのも面白い現象です。
さて、「每當變幻時」の原曲はといいますと…
渡辺はま子「サヨンの鐘」
戦時歌謡というのでしょうか?歌手は渡辺はま子以外に胡美芳、李香蘭らも唄っています。
この「每當變幻時」は、香港では完全にスタンダード歌謡扱いになっています。戦時中から台湾などでも流行った曲(標準中国語ですが)なので、あまり日本の曲として認識されていないのかもしれません。
薰妮以外で確認できている歌手は中国やマレーシアなどを含め許冠英Ricky Hui、張偉文Donald Cheung、鄧瑞霞Camy Tang、袁麗嫦Lisa Yuen、鄭錦昌Cheng Kam Cheong、葉麗儀Frances Yip、楊千嬅Miriam Yeung、李安棋Angelita Li、呂珊Rosanne Lui、劉珺兒Evon Low、劉錫明Canti Lau、劉亮鷺、王浩、紅蘋果女子合唱組といったところです。おそらくまだ多数あると思います。
なお、別タイトル別歌詞の駱蓉蓉Luo Rong Rong「春夢小夜曲」もあるのですが、時期的にはこの曲のほうが先にリリースされています。
さらにこの曲にはパロディソングまであります。歌詞は基本的にダジャレと考えてよいでしょう。
大AL「每當晚飯時」
この歌手の「大AL」というのはあだ名で、本来の芸名は張武孝Albert Cheungですが大ALの方が通りがいいのです。なにしろジャケットに記載の芸名すら大ALにしているほど。わかりやすく言うと、「松任谷由実」の代わりに「ユーミン」と記載するようなものです。
もともと玉石樂隊(Jade)というグループの歌手で、グループ内にもう一人若いAL「楊雲驃Albert Yeung, 細AL」がいたので区別しただけで、別にパロディ専業の歌手ではありません。香港のロッド・スチュワートと称されていますがホントでしょうか?この人も日本のカバー曲がいくつかあります。
次回記事ではカバー曲の分類と、カバーする・される傾向などを分析します。
お付き合い下さいませ。
続く…。
※追記
「広東語カバーソング事典」書籍化しましたのでご覧ください。
アマゾンか楽天で購入できます。
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