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『みらい』を、待ってる。
『こんな学校あったらいいな』
どんな学校があったらいいと思いますかと聞かれた時、私は多分
「誰でも、どんな子でも笑顔で迎え入れてくれる学校」
それをまず思い浮かべると思います。
どんな子でも、発達障害の特性が学校にかみ合わずクラスからはみ出しがちな子も、医療的ケア児として医療用の機械を携えて暮らす子も、男の子でもなく女の子でもないそういう子も、みんなみんな一緒に過ごす環境、それは医療と療育と教育とあとは寛容と許容と自由、それぞれ守備範囲を別にするものの融合になるので現実の世界で実現するには相当な力業にはなるのでしょうが。
私個人は、母親として発達障害児の息子と医療的ケア児の娘を抱えている身の上なので、ああこの子達が無理にお願いをする事もなく、誰かに気兼ねする訳でもなく、周りにその在り方を理解されて存分に学んで遊ぶことが出来る環境があればどんなにいいだろうと思っています。
既存のものに子どもの在り方を合わせるのではなく。
子どもの在り方に合わせた学校。
そこでは『ふつう』という概念はどうなるのだろう
果たしてそれは子どもの幸せな学びの場になり得るのだろうか。
『おれ』を主語にした創作の文章を書いたのは初めてですが、8歳の頃の息子によく似た『ハルタ』を書きながらいろいろなことを考えました。
そしてハルタの友達になってくれたみらい君は、私がこれまで出会った、いえ、会った事は無くてもSNS上でその子のお父さんやお母さんを通して知った色々な疾患と障害を持った子ども達が重なって合わさった架空の男の子です。
みらいを生きるにはなかなか難しい条件を沢山持っているけれど、それでもこれまでずっと戦いながらみらいを勝ち取ってきた彼等に、今も将来も、楽しい学びの場があるといいなと思っています。
☞1
おれの頭は忙しい。
だいたい朝目が覚めたら夜眠るまでずっとずっと騒がしい。
だって朝起きたらまずメキシコのポポカテペトル山に暮らしているメキシコウサギの事が気になるし、それを考えていたら、次はナミブ砂漠のアンチエタヒラカナヘビが今どの足を上げているのかが事が気になるし、そんなことを考えていたらその日着ているTシャツが後ろ前だなんてどうでもよくなるし、ランドセルを背負ったかなんて忘れちゃうと思う、みんなそうなんじゃないのかなあ。
それで、その日もとりあえずおかあさんが「何でもいいから遅れずに学校には行って頂戴」って言うからビーチサンダルを履いて登校した、だってスニーカーは足が暑いから。
そうしたら
「お前、なんで学校に来るのにビーサンなんだよ」
「ランドセルは?」
「おまえ、いつもひとりでぶつぶつ言ってるけど何なの?バカなの?」
そういう事を学校の友達に言われた、それでおれは頭の中が真っ赤になって、気が付いたら、思い切り友達のあたまを自分の頭でどついていたらしい、おれの頭にはたんこぶができて、友達の頭にはもっと大きいたんこぶができた。
やってしまった。
その放課後、その出来事の『あらまし』を担任の先生はお母さんの携帯に電話をした
「こういうことは困ります。」
おれだってこまります。
おかあさんはその先生からの電話を切ってから、ふうっとため息をついてそれからこう言った。
「ねえ、学校からの電話、2年生になってから今日で何回目か覚えてる?」
まかせろ、そういうの、おれは得意だ。
「36回目。」
「お母さんはね、そういうことを言ってるんじゃないの」
「おれ嘘言ってへんで、電話は36回目、おかあさんと学校に行ったのはこれまでで8回。」
おかあさんは、もう一度ふうっとため息をついて、とにかく何を言われてもお友達を叩いたり殴ったりしないで、それは結局ハルタが悪い事になっちゃうんだよ、そう言って台所に行ってしまった。
そしてその次の朝、おかあさんはこう言った。
「ハルタ、しばらく学校お休みしよう」
☞2
「今日から違う学校に行くからね」
ある日、お母さんがよそ行きの青いワンピースを着てそう言った、あの、友達に頭突きをかました日の次の日に学校に行かなくていいと言われてから1週間、おれは毎日好きな本を読んだり、4をずっと足し算したりして家で遊んでいた、おれはそういうのが好きだから。
ふうん、新しい学校か、でもまた、忘れ物がどうとか、落とし物がひどいからって落とし物用のダンボールに『ハルタ箱』って書かれて笑われて、それでけんかしたら怒られてお母さんに電話がかかって来ておかあさんが泣くんやろ、そういうの、おれ困るんだけどなあ。
「うーん、おれ家にいるからいいわ」
だからそう言った、そっちの方が『もめごと』も少ないんじゃないかなと思ったから、でもお母さんはこう言った。
「こんどの学校はね、いろんな子がいていいの、だから行ってみて、嫌だったらまた考えよう」
いろんな子?ふうん、どんなやつがいるんだろう、いやなやつかな、いいやつかな、あれ?ランドセルはいらないの?え、靴も履かなくていいの?サンダルでもいいんだって。でも服の裏表は直せ?そんなんええやんめんどいわ。
☞3
『あたらしい学校』は変なところだった。
だいたい靴箱がない、いいことだ、だっておれは靴箱に上靴をしまうのも、外靴を決まった場所に置くのも大嫌いだから、それでよく怒られた、でもこれならおれは怒られないですむ。
次に「校長先生に会うから」と言って連れていかれた部屋には、あっちこっちに小さい机と椅子と沢山の絵本とあとはでかいブラキオサウルスのぬいぐるみとそれから緑色の芝生みたいな敷物が敷いてあった。へんなの、前の学校みたいなあのでかくて茶色い『おうせつせっと』とか『きょういくもくひょう』の書いてある額縁みたいなものは無いんだな。
その変な部屋の真ん中に、白い生地に魚のジンベイザメとかアオウミガメとかナンヨウハギとかが小さな模様みたいに描かれたシャツを着て、銀ぶちのめがねをかけている白髪まじりの髪のおじさんが立っていて、おれの顔を見てニコニコしてこう言った
「こんにちは、ハルタ君、僕がここの学校の校長です。あのね、今から君が好きなモノの話しを聞きたいんだけどいいかな」
そうか、まかせろ。
前の学校では『ハルタくんちょっと黙って』『ハルタ君いま国語の時間だから掛け算をずっとしているのはどうかなあ』『どうして先生の話の途中に割り込んで来るの』そう言っていつも怒られていたおれは「好きなことを好きなだけ話していい」と言われて張り切って校長先生が来ているシャツに描かれている魚の話をした。
あんな、先生のそのシャツのポケットのとこにおるの、サメやろ、サメでなニシオンデンザメていうのがおってな、それって大人になるまで150年かかんねん、そんでな、そこのクラゲな、おるやん?クラゲで一番毒が強いんは何か知ってる?
校長先生はおれのはなしをうん、うん、そうかあ、へえおもしろいねえ、と言って聞いてくれてその途中、一度も「もういいから」とか「あのさ、その話し長い?」とか言わなかった。
それで俺がしゃべりすぎて喉がカラカラになるまでずっと向かい合って話を聞いてくれて、もう話しすること無い、先生のシャツで泳いでいる魚という魚は話し終わったという時に
「ハルタ君、僕は君にこの学校に来てもらいたいんだけれど、どうかな?」
と聞いてきた。
うん、そんなに言うなら入ってやってもいいな、とおれは思った。
この先生とは気が合いそうだ。
☞4
「お弁当と、もし君に必要なら少しだけお菓子と、それからお茶と、ハンカチとティッシュ、あとは筆箱かな、それだけ何か好きなカバンに入れてくるといいよ、ランドセル?君が持ちたいならそれでいいし、嫌なら持ちやすいカバンで良いよ、あと服も靴も君が好きなものでいいんだ。きまり?ないなあ、ここには本当にいろんな子がいるからねえ、いちいちきまりを作ると逆に先生が大変になっちゃうんだよ」
『学校に来るときの持ち物』について説明している時、校長先生はすごく変な事を言った。
(きまりが無い?)
(いろんな子がいるから?)
いろんな子って何だ、おれはその意味がよくわからなかったけど、新しい学校が始まった一日目にその意味はすぐに分かった。
教室はここ、と言われた広い広い部屋の中に本当にいろんな子がいたからだ。
教室に入ってまずおれに声をかけてきたのは、同じくらいの歳の女の子。
「今日からの子?おはよう、かばんとかそういうのはあそこの棚に置くの、あとはアナタの先生が来るから先生と相談して好きな勉強を始めたらいいから」
同じ歳くらいの子かと思ったら5年生だって、でも2年生のおれくらいしか背丈がないし体がすごく細い、それに鼻に変な透明の管をつけて、そこにくっつけた細いホースを引きずってる。
「おまえ、それ何?」
「ああ、酸素?私、病気で、これを着けてないとちょっと苦しくなるの」
「大丈夫か?」
「大丈夫、私にはこれが普通だから。でも、これ、足に引っかけないように気を付けて」
エマという名前のその子は、長いホースの先に四角い冷蔵庫みたいな機械をつけて絵を描いていた、絵を描くのが好きなんだって、アナタも絵を描きたくなったらここで一緒に描きましょうよと言ってくれて、おれはまたあとでなと言った。
それでかばんを置きに大きな棚のある所に行ったら今度は、ふわふわのドレスを着て少し伸ばしている髪をリボンで結ったでかいヤツが居た。それ学校に着て来ていいヤツなのか、そう聞いたらそいつはすごく低い声で
「こういう服が好きなんだ」
と言った、そいつはどうも男らしかった、このふわふわが好きなんだって、それでナナオという名前だというそいつは6年生で、ここには去年から来たんだと言った。ここにはきまりが無いからな、君、今日から来たんだろ、好きな事して待ってたら君の先生が来るから待ってろ、と言って頭をポンポンとされた。そうか、好きな服で来ていいというのは本当なのか、男がドレスを着て来ていいんなら、おれのTシャツが裏表だなんてたいした問題じゃないんだな。
それで、大きな棚にかばんを置いておれは、机に、と言ってもだ円の木の大きな机に椅子はいろんな形のものがあって、椅子だけじゃない丸いクッションとか、あれは何だろう、赤ちゃんが座るみたいなベルト付きのもあって、前の学校みたいにみんなおそろいの椅子じゃない、これも好きに選んでいいのか、面白いな、それでその中の緑のクッションに座って足をぶらぶらさせて待っていたら、何か変な乗り物に乗ったヤツが女の先生と教室に入って来た。
「おはよう。今日からの子でしょう、同じ学年のみらい君です」
そう言った
「先生?」
「ううん、先生じゃないよ、私は看護師さんです」
「この子何?何でこんなの乗ってんの?」
斜めに傾いたベッドみたいな、椅子みたいな、車みたいなものに乗った『みらい君』は目だけをこっちに動かした、それでおれが
「おはよう!おれハルタ!」
と言ったのに何も言わずに指先だけを空中で動かして何かをしている
「おまえ、しゃべれないの?」
そう言ったら、そいつの椅子みたいなベッドみたいな車みたいなそんなものに付いている机の上にくっつけられたタブレットがしゃべった。
【おはよう、ぼくはみらい、きみ、きょうからきたんだろ?】
「何これ、すげえ!タブレットが代わりに喋るのか?未来きてるな!だから名前がみらいなのか!?」
みらいは、病気で動いたり話したり口から食べたりそういう事が出来ないらしい、だから看護師さんと一緒に登校するんだって、そういうのおれにはよくわからない、でも機械を指先で操作して喋ったり勉強したりできるらしいみらいは最高にカッコいい、そう思って
「かっこいいなオマエ!」
と言った。だってスゴイぞ。そうしたら、みらいは声をたてて笑ったり微笑んだりすることは【ぼくにはむり】らしいけど、眉毛が少し動いたのをおれは見た。それでおれはみらいがちょっとわらったのがわかったし、なんだかこいつを好きになった。
☞5
それからの毎日は結構楽しかった、おれとみらいは同じ2年生だから担任の先生が同じだった、2人にひとりだ。
授業中、みらいはたまに息が苦しくなる時がある、喉に穴をあけているから時間が経つとそこがゴロゴロしてくるんだって、その時、ちょっと休憩して看護師さんがそのゴロゴロを退治する、なんかズビーって吸い込む機械で。
その間に、おれはそわそわしたりおちつかなくなる、何かがちゅうだんしてしまうのが駄目なんだ、そういう時おれはその辺を走ったり、あとは校庭のプランターに植えてあるトマトがどんな色になっているのか見に行くんだ。
これ、前の学校でやったら相当怒られて、補助の先生がグラウンドまで全速力で追いかけて来て、それで両脇を捕まえられて教室に引っ張っていかれたけれど、ここでは全然怒られない
「よし!じゃあ、今から体育にするか、グランド3周位して気持ちが整ったら戻ろうぜ!」
筋肉を育てるのが趣味というオカモト先生は、そう言っていつもおれのうしろを追いかけてくる。
でも捕まえない、おれに付き合うんだって、先生の癖に変なやつ。
おれがオカモト先生と外を爆走している時、みらいは他の先生と一緒に勉強したり、看護師さんとは違う先生が来て足を動かしたり指を動かす練習をしている。みらいにはそれが体育なんだって。
おれたちは同じ学年だけど、やってることが全然ちがうな、でも同級生で友達だ。
それで、友達は良いところを褒めあうもんだろうと思ったから、みらいに
「みらいはおとなしくできてエライな、おれは落ち着きがないっていつも言われるし、それで前の学校はやめちゃったんだ」
そう言ったら、みらいはタブレットでこう答えた。
【ぼくはうごけないからな、うごけるのはいいことだぞ、ぼくはいくがっこうがなかったんだ】
そうか、色々だな、おれもみらいも、この学校があってよかったな。
おれはその日の昼もみらいと弁当を食べた。俺は食べられるものが少ない、世界中の食べ物は何でも味がしすぎるんだ、そしてみらいは口からものが食べられない、代わりにおなかに付いているボタンから『栄養』を注入してもらう、未来だ、すげえな。
そしたら、次の日からみらいが来なくなった。
次の日も、次の日もだ。
どうしたんだろう、みらい。登校拒否か?おれも前にやったけどアレはダメだ、はじめはいいけどお母さんがだんだん哀しい顔になるんだ。
そう思っていたら、エマが教えてくれた、みらいは急におなかの具合が悪くなって、病院に入院して手術したんだって、だからしばらく学校に来られないんだって。
「私とかみらい君みたいに生まれた時から病気の子は珍しくないのよ、そういうの」
そう言った、でもきっと帰って来るから待っててあげてね。
みらい、どうしているだろう。
☞6
みらいが来なくなって、おれが窓の外ばかりみるようになったので、みんなは心配して、おれに色々言ってきた。
ナナオは、そっと隣にきて、自分の髪からピンクの髪飾りをはずして「元気出せこれあげるから」と言ってわらったけれど、俺はそういうのはいい、ナナオには似合うんだけどなピンク。
エマは、病院にもちゃんと学校があって勉強もできるんだよと教えてくれた、寂しいならその病院の学校に宛てて手紙を書いたらいいんじゃないといった、住所もおしえてあげるって、エマとみらいはいつも同じ病院に行っているんだって、それならおれも病気で病院に行きたいぞ。
そう思ってふてくされてまた外を見ていたら、今度は校長先生が来た、今日は恐竜の柄のTシャツを着ている、この人はいつも暇そうだ、それでおれは聞いてみた
「校長先生、おれはここでは普通の子なんだろうか、病気じゃないし、男の服をきた男だし、あと車いすにも乗ってない、口からご飯も食べるし、それから…」
そうしたら突然
「ハルタ君、計算得意だろう」
校長先生がそう言ったので、もちろん!とおれは答えた、おれは数字が好きだ、三度のめしよりも。
「じゃあ、いまから言う数字を全部足し算してみてくれるかい」
100、95、100、98、88、20、30、25、34
「足した!590!」
「じゃあ、それを今度は9で割ってみて」
「えーと…65.555…」
「アハハ割り切れなかったか、四捨五入して66だね、これ平均を出してもらったんだけど、さっき言った9つの数字の中には66なんてなかっただろう?でもこの9つの数字の平均は66なんだよね」
「先生はね、平均的なふつうの子って何なんだろうって思うんだ、君もエマちゃんも、みらい君も、ナナオちゃんも、その他の子もみんな僕からしたら特別な子なんだよね、病気だったり、生活に特別な機械が必要だったり、ちょっと服装がふつうと違っていたり、君はそうだな…すごく計算ができて何でもよく覚えられてじっとしているのが苦手で…そう思うと『普通の子』なんてこの世界にはいるんだろうかと、先生は思うんだ」
だからこの学校を作ったんだよと先生は言った。
おれはそういう事はわからないけど、ここでは普通がひとりもいない事が普通なんだなということはわかった。
それで、みらい君が戻ってくるのはまだ先になりそうだよと、年に何回か入院をして体のあちこちを直したり入れ替えたりする、すごく大変な事だけど、それがみらい君には大切なことなんだよ、と校長先生が言った。
「その子にはその子のたいへんがあって特別があるんだ、『普通の子』なんて本当はいないんだよ」
なら、おれは先生とみらいをここでまっていよう。
みらい、はやく帰って来いよ。
おれまっているからな。
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